熊川宿。

「鯖街道・熊川宿。」

 

私の暮らす八瀬を通る通称「鯖街道」。正式名称の「若狭街道」は、古代より朝廷に食料を献上する御食国であった若狭より、日本海で穫れた魚貝を京都へ運ぶ街道で、小浜から熊川、朽木、大原、八瀬、終点は出町柳とルートを辿る道だったそうです。国道303号は普段より日本海方面へ向かう時によく通る道ですが、ふと調べてみると国道に平行して街道あり。そこには宿場町として現在もきちんと保存が成された「熊川宿」が・・・。

こちら、重要伝統的建造物群保存地区に指定される「熊川宿」。復元された「熊川番所」では、当時さながらにお人形も鎮座されています。若狭と近江の国境に位置した熊川では、「入り鉄砲に出女」の統制と物資への課税が行われていたそうです。

いつの頃からか「京は遠ても十八里」と言われるようになった若狭。18世紀後半よりたくさんの鯖が若狭の海で陸揚げし、京に運ばれるようになったことから「鯖街道」と呼ばれるようになったそうです。

この、鯖街道の道すがら、豊臣秀吉に重用されて若狭領主となった浅野長政が、1589年に諸役免除して宿場町としたのが「熊川宿」。交通や軍事において重要な場所としたこのエリアはもともと40戸程の寒村だったそうですが、宿場町となって200戸を越える町に発展しましたのだそうです。