100年の建物を、また次の100年へと伝えるために。

明治45年に竣工された佐賀県唐津市に現存する「旧唐津銀行本店」。
この地を故郷とする近代日本建築の鼻祖・辰野金吾による監修にて弟子にあたる清水組の田中実が設計を担当した建物です。
辰野金吾と言えば、言わずと知れた、2012年に保存復原工事を終えた東京駅を始め、「日本銀行本店」や「旧両国国技館」など、国内外の200件あまりを設計した日本を代表する大建築家です。
唐津と言えば、辰野金吾をはじめとして曽彌達蔵、岡田時太郎、村野藤吾と、この地を故郷とする近代日本を代表する建築家を輩出した所で、言わば建築ファンの聖地とも呼べるかもしれません。
館長さんとお話して色々考えました。
唐津が誇る建築家「辰野金吾」がどれほどの偉人かという事を、地元の人はそれこそ知ったばかりだと語る館長さん。
東京駅の全面復活は、地元でも追い風となったと言われます。
この建物の価値を知り、そしてもう一度復活させようとした行政の判断には、並々ならぬ多くの人の尽力があっただろうと想像します。
この度の改修には、5億円を越える資金が投入されました。「確かに、建物の耐久年数だけ言えば、もう100年を越えるものですから、色々な意見もあるでしょう。かかる金額もそれが高いか安いか、と言われれば決して安いものではありません。けれどこの唐津の歴史を語る時、日本の近代化や産業の発展を伝える貴重な建物として、私たちは更に100年後に何が伝えられるかを考えなければなりません。建物は無くしてしまえば、言葉でだけで『そんなものがあったんだよ』としか伝えられないけれど、それを残す事。そして子供達に触れさせる事が出来ます。出来るだけ子供達には本物に触れて欲しいと思うのです」と、館長さんが言われた言葉が印象的でした。

唐津銀行を出れば、周辺には老舗のお店などもある中、日本全体が抱える問題の象徴でもある、いわゆるシャッター商店街が広がります。
けれども一方で、地元の若者らがこの街にとどまり、少しづつではありますが、これらの空きテナントを利用して、手作りの風合いや街の持ったローカルな魅力を生かしたお店もちょこちょこ芽を出しています。
地元名産工芸の「唐津焼」も、若者陶芸作家によるアレンジの生活雑器等も見られたり。
今後、爆発的な経済発展が期待出来ないであろう日本では、ここ唐津でも、どこでも、同じ悩みを抱えているとは言えるかもしれませんが、今一度、埋もれかけたその街ごとの魅力を再発見し、大切に、未来に向かって語りかける事は、ひとつの大事な方法なのかもしれません。

唐津には、戦国時代から近代に至るまで、なかなか興味深い歴史の語り部が点在しています。それらに今後も注目したいな、と思いました。

そして、何故この地で偉大な建築家達が輩出されたのか、という事も。知りたい「なぞなぞ」です。