鳥取にてポートレイト撮影。

「女心に秋の空」な秋まっただ中に「弁当忘れても傘忘れるな」な山陰・鳥取まで。サンドベージュに快晴の砂丘にてシューティング。数年振りの鳥取。
この地には案外色々と思い出があって、10代の頃は頻繁に(こちらで兄家族が暮らしていた事もあり)友達や付き合いのあった子らと遊びにも来ていた。
今回は被写体である演奏家さんらと道中一緒に車に揺られ、すっかり気持ちも通い合った上で撮影し、一緒に食事し、また翌日にも撮影。以前、アメリカのアーティストらの家に泊りながら、じっくり会話して食事を共にし、そして撮影した時の、あの、おもむろでは無いからこそ出し合える空気感が蘇ってきて、結果、とても心地よい写真が撮れたように思う。
全ての撮影を終えて、皮ジャケットに手をつっこんだ時、ポケットから砂丘の砂がまとわりついた。ふと、高校生の頃のほんの一時期、やたらとはまって読んでいた(けど忘れていた)山田詠美の小説「熱帯安楽椅子」のエンディングを思い出した。確か、日常を忘れてバリ島で無軌道な疑似恋愛を重ねて主人公が帰国した時、空港でふと、ポケットに触れた海の砂で猛烈に一瞬過ぎる旅先での日々に引き戻される・・・という描写。あれは、ほんとに筆者ならでは、真骨頂な表現だったなあ!と。
かき集めてもはらはらと散って忘れてしまう楽しかった(時には故意に忘れようとしていた)日々も、どこかでなにかを引き金にして呼び止められるような心地になる。それはこうした砂のようなものかもしれないし、その昔にはほとんど形にも残す事が無かったけれど、今となってはそれは、写真を撮る、という事が後にまた、その時の感情を引き出すものになるのかもしれないな。

さて。何を言いたいんだか。

写真は撮影後に立ち寄った、近年砂丘のすぐ側に出来た「砂の美術館」。
主に海外の彫刻作家らが造った砂の彫刻群で、今回のテーマは「ロシア」だそう。思いのほか圧巻のディティール。こんなに壮大なのに、砂だからもちろん、次の企画では壊される。だからなにかよけいに、くるものがある。