6月30日のために。

ロシア出身のピアニスト、エフゲニー・ザラフィアンツ氏のポートレイト撮影。
ちょうど2年前。京都でのリサイタルで初めて聴かせて頂いた。
その時の動き全てを覚えていて、演奏に関しては、幻というのが音になったらこういうものなんじゃないかという衝撃のまま、瞬く間に終わってしまった。だからもう一度きっと、必ず聴きたいと思ったし、どうしても写真が撮りたいと願った。
ピアノという楽器は、人間、とりわけ日本人にはとても大きくて、サイズ的に有り余るというか、写真の中で一体的に人物と共に収めるには難しく感じる事があるけれど、ザラフィアンツ氏が側に座り、大きく息を吸って天を見上げ、それから弱音であろうとも芯が奥まで届くような音色を奏で、演奏最後、長い手をピアノのサイドに掛けながら会釈された時、まるでピアノが素晴らしく仕上げられた馬のような、上質極まりないゆったりとしたカウチのような、そんな風に見えた。このように、造形としても大変完成された存在である楽器と心身一体になれるというのが、演奏家の素晴らしさがゆえなんだろうと思う。
演奏家、ミュージシャン・・・という方を撮影する際には、私は個人の信条として最低でも撮影日迄には必ず音源を聴かせて頂くし、出来る事なら演奏、許されるならリハーサルからずっと、見て、聴いて、その人の動きや世界観をじっくり読み取りたいと思っている。言い換えれば被写体が表現者である場合、こちらが薄暗がりからじいっと食い入るように見つめていても、まるで入り込めない世界の中に居て、自分のような存在などまるで、居ない者になれるのは貴重な感覚で有り難い。
楽曲に織り込まれた物語を深く読み込む表現者に対して、自分はどれだけその足下に近づく事が出来るんだろう。その人の腕、その人の指、その人の表情、その人の体の動き。陰。ハイライト。本当に、1枚の写真の中で本当に、個の人間の持つ複雑なパーソナリティを他者へと伝えられるのか。仕上がった後に大いに苦しくなる。

ともあれ。
6月30日に、京都府民ホールアルティで18時より、ザラフィアンツ氏のリサイタルが開催されます。これからフライヤーの作成になるので、また仕上がった際には再度、情報をシェア出来たらと思います。どうぞ多くの方が、その世界を体感されますよう、心から願っています。