食べ物は思い出つなぎ。

滋賀県坂本へ。
比叡山延暦寺の台所を預かる門前町として栄えた坂本。穴太衆積みの石垣に囲まれ、日吉大社、延暦寺、西教寺にいくつもの里坊と、歴史情緒溢れる静かなエリアだ。ちなみに、約1200年前に延暦寺を開いた最澄が、唐より茶の種子を持ち帰って植えたという、坂本はその実、日本茶発祥の地でもある。
久しぶりに「本家鶴喜そば」に行きたくなった。登録有形文化財に指定されている安定の佇まいは周辺と馴染んで、店の前に立つだけでホッとする。席に着いたら店員さんが「今年で創業300年になるんです」と、持ち帰り用蕎麦つゆを下さった。
ここはかつて父親がよく通ったお店のひとつで、敷地内の離れにある小料理屋「みをつくし」も何度か連れてもらった。父亡き後もお店がある・・・どころか、何せ300年の歴史。人の命が繫がって繫がって、色んな歴史や物語を紡いで、我々の目の前に存在している。
良く言えば食育。多分心の半分はお店で親子自慢でもしたかったんじゃないかと思うけど、父は私を酒と肴の旨い店によく連れてくれた。「いや若い彼女連れて」「いやいや、娘ですねん」。そんな小芝居に毎度散々付き合わされたが、他のお客さんもおかみさんも板さんも和んで、歳も聞かずに並々とお酒を注いでくれた。自慢の一品のコツも、聞けば喜んで教えてくれた。その多くの名店が、様々な事情で店を閉じてしまった中、こうして今もあるという事だけ考えてもありがたく、ぐっとくるものがある。

・・・と、感傷的で後ろ向きばかりも良く無い。新規開拓してこれからの食べ物思い出づくりもしなきゃあね、と、次は甘いもの。京都に戻って岡崎の「ラ・ヴァチュール」へ、名物のタルトタタンを食べに。
店の入り口近くの席には、赤いお帽子に鮮やかな青いマント姿の老婦人の肖像写真がそっと飾られていた。この空いたアンティーク椅子は、お店の創業者であるユリおばあちゃんが、生前いつも腰掛けていた場所だそうだ。40年以上前、フランスの旅先で出会って初めて食べたタルトタタン。その味を独自で見出して看板メニューとしたラ・ヴァチュール(乳母車の意味)は現在、孫娘さんが引き継いでおられる。

結局。愛すべきものへの思いというものが重なって、一層味も深まっていくんだ。
ここにもまた、大切な人との物語を繋げてゆきたく思う人が居る。