8月のこの時期に思う。

こちら京都では、まもなく送り火が山々に灯されます。灯された明るい方へとご先祖様が行かれるのを、しみじみお祈りする貴重な時間がやってきます。
一昨日から昨日にかけては、家で大好きな友達らと仲良く酒を呑んで、幸せな時間を過ごしました。昨日の終戦の日には、恐らくは記念にという事でしょう。近くのお寺では鐘がつかれました。今生きて皆ありがたく生きさせてもらえている事に、振り返るような音が鳴り響いていました。

この夏はささやかだけれど大きな出来事として、ご縁あって高校の大先輩のお母様が書かれた、少女期の頃の手記を、読ませて頂く機会に出逢えました。
沖縄でもなければ、広島でも、長崎でも無い、我々関西の人間にとってはとても身近な大阪での大空襲の最中に少女期を過ごした、本当ならばごく普通の女の子が感じて、見た、日々の記録です。
私はこの添付の手記を読んだ時、生きていれば同じ年代の親と重なって、確か他の親よりは多くを語ってくれたと思い込んでいた親が、その子供時代の記録を書き記すに至り、結局は生前、何度も何度も書き始めては挫折し、ついぞ書けなかったその心境がようやく少しは、思い計れるような心地がしました。

我々の知り得ぬ時代。本当ならば夢希望溢れ、のほほんと、ゆっくりと、美しいもの、美味しいもの、楽しい事に存分に囲まれながら生きられた筈のかつての子供達は今、おそらくは孫にも、子供にも、友達らですらも振り返って語るには苦し過ぎる過去を背負っておられるのだなと思います。
どうか多くの方が、このかつての一人の、ごく普通の女の子だった筈のご婦人の心からの手記を読んで下さるよう。そしてこの手記を読んだ時、皆さんの側におられる、おじいさん、おばあさんの心に添ってあげられますよう、お祈りします。それからご自身の側におられる、若い子供達、小さな赤ちゃん、友達、親兄弟が、みんなみんな、ご無事でおられますように。

さて窓の外。京都は雨が降って来ました。
ご先祖様が、まだ名残惜しいとおっしゃってるのかもしれません。

 

↓「戦争の思い出」リンク先

https://docs.com/hisashi-tokuda/1518