Love Film〜むしろピクトリアリスムに後退した今あえて。

こんにちは。
一雨毎に秋も深まる日の投稿。難しそうなお話をかみくだいて。
やはり写真展ですので今回は「写真」のお話、アナログうんちく話をしようと思います。うっかり長話です(苦笑)。

写真展「das Zenturum」における展示作品。撮影は全て、フィルムカメラにて行いました。使用したのはマミヤ67の中判カメラと、ハッセルブラッドと富士フィルムが共同開発したXpanというパノラマカメラです。
表現手法が片側に限定されつつある昨今においては、アナログかデジタルか、あえて付記すべきなんじゃないかと思い起こし、書き連ねています。
撮影していた頃は勿論すでに、世界中でデジタルカメラが席巻して、私共の生業である広告媒体向け撮影では、フィルムからデジタルへと移行が完了した時期でした。大型プリントあるいは印刷にまつわるその後の処理も(画像データを触り、修正し、印刷データとする等)「フィルムスキャン?いやもうデジタルでしょ」が、当たり前だったのです。
けれども、私は本被写体を撮影するのにフィルムカメラを選びました。

今回の展示作品をプリントして頂いているラボで、中でも素晴らしい仕上がりで嬉しかったのは、以前、暗室に籠って自分でプリントしたモノクロ写真を見本に、職人さんが大きく手焼きして下さった1枚の写真です。
「しかし手焼きのモノクロプリントなんて、今も需要はあるんですか?」と聞くと「遺跡発掘とか、古い文献の記録とか、いわゆる学術調査ではいまだにフィルム、しかもモノクロがよく使われているんですよ。ですから注文のメインは、作品と言うよりはそうした内容になりますね」という言葉に続き、「やはりデジタルデータは実際の所、写真としてはまさに実在しませんからね。言えば暗号のようなもので、読み解く方法しかり、そもそもの大本が飛んでしまえば終わりなんです。ですから、出来るだけ未来に形や像を残す為という事で、フィルム撮影及びプリントとなるようですね」と言われました。
聞きながら、版画家の先生が以前おっしゃった「複製時代の加速と共に、利便性を引き換えとして、大本の存在さえ極めて危ういものが用いられるようになった」という言葉を思い出しました。

今まさに消え行くものを残す手だてとして。
記録という大義に比重を置くならば、外観全景等、忠実描写を心掛けるべきで、実は今回の撮影スタイルは正解ではありません。では何故フィルム撮影を選択したかと言えば、明確化するなら理由は大きく3つあります。ひとつには被写体に真っ向勝負で挑みたかったから。ふたつめには可能な限り生のまま、撮影後に加工も修正もせずそのまま人に伝えたい、という思いがあったから。
そして最後に、どこまでも作為的にこちら側が追求出来る世界では無く、コントロール出来ない領域の偶然性、つまり「作為と無作為のバランス」が欲しかった、そこに今回の被写体が放つ物語が表現出来ると考えたからです。

撮影に用いたフィルムは、被写体に添ってビビッドでコントラストの高い、極めて個性的なものを数種使用しました。僅かながらもそうした選択肢があった終焉期で、特にヨーロッパ勢メーカーが、性格の強いフィルムを発表していました。しかし今では残念ながら、メーカー側で生産終了、あるいはメーカー自体が統合されたものも含まれます。
写真に映る突き刺すような青空の色も、身震いする程エッジの効いた建物の質感も、コンピューター上で手を加えたものでは一切ありません。それらはフィルムやアナログカメラのレンズ表現、また両者のマッチングと共に、被写体の発するありのままの状態として表現されています。加えて、あまりにもカシャカシャと撮り切れるデジタル写真では無く、1枚1枚、はあっと深く息をして、ガツンと重くハンドルの悪い中判カメラを、まるでストリートフォトのように手持ちで撮影したアナログ写真群なのです。
これら質感などがネット上で微細にお伝え出来ないのは残念ですが、そこは写真展の醍醐味。実物のプリント群で、体当たりの潔さ、今や消えゆく一方のアナログの良さ、またプリント職人さんの手仕事の素晴らしさなど、是非とも体感して頂けたらと思っています。

1988年。卓上型コンピューターやMacintoshが登場し、デジタル化時代が到来しました。デジタルカメラの原型が発表されたのもこの頃です。その後、初の市販デジタルカメラが発表され、湾岸戦争における軍需兵器として大量に海を渡ったのは1990年の事。継いで95年に一般需要を想定したデジタルカメラが発表されると、世界中のカメラメーカー等が開発にしのぎを削るようになりました。
この20年という、アナログからデジタルへの過渡期とまるで寄り添うように、本写真展の被写体であるセメント工場は稼働を終え、そして消えてゆきました。
そこには写真を用いる一表現者として、撮影における選択の必然性を感じてやまなかった背景があります。

最後に。
今も微かながら選択出来るアナログ表現。表現手法の片側選択が失われようとしている今日への危機感と共に。それらを支える道具達、なにより技術者の方々に敬意を込めて。
そしてデジタル時代の訪れと共に、観る側を常疑わせてしまう現実と非現実の交差。それ以前には確かに存在した「ストレートフォトグラフィ」という表現手段を提唱した、偉大なる写真家らを心から偲んで。