能登半島。塩と魚と塗物と。


 石川県は能登半島の珠洲へ。

 

 京都から片道400キロ越え。運転手役の私はちょっと一踏ん張り要る距離だったが、石川出身のおツレは物心つく前から親に連れられたそうな岩場で潜るのが目的、私は輪島塗と輪島の朝市、それから大好きな塩、日本で唯一残ってる製法という珠洲の揚げ浜塩田式の塩が作られる所を訪れたく、双方の目的のちょうど良い場所に宿を取って、自転車を1台車に積んでひたすら車を進めた。

 名神、北陸自動車道から、かつて有料道路だった「のと里山街道」へと進む。山間、海辺には視界を遮る建物など勿論無く、恐らくは冬場は豪雪エリアだろうから道幅はとてもゆったりしていて抜け感がありとても気持ちがいい。平たいところがあればいずれも田圃でその側には大きな屋敷。普段せせこましい所に暮らし、仕事といえばごちゃごちゃとした国道の看板群に目が疲れていることも忘れようとしていた日々からすればなんとも爽快である。

 

 昼に着いてたまたま見つけた、今年オープンしたばかりと言う網元さんのやってる、大きな古い屋敷を素敵にリノベされたご飯屋さんで美味しいフグ天丼の定食を頂き、その後、裏は日本海と岩場が見事に広がる道の駅へ。

 ちょうど揚げ浜式塩田の作業中で、おツレは海へ。私は塩づくりを眺める。真夏の炎天下にも潮風が心地よく、確かに暑いが地元のあの息もするのが気持ち悪くなるような暑さでは無い。歩いて、ああ暑いねえと言いながら汗を拭える余裕がある。

 

 塩田には汲み上げられた海水が撒かれ、天日干しされた海水を含む砂はまるで枯山水庭園に模様を描くように掻き集められ、さらに塩分濃度の濃くなった海水は薪の小屋で延々茹でられる。薄暗い小屋の中は巨大な銅釜がグツグツ煮立っている。側で番をするお兄さんは真っ黒でとても痩せている。

 こんな風に、あの塩は作られているんだと驚き、心打たれた。

 

 目の前が海の旅館には、そこそこ大きな規模にも関わらず我々とあと1組だけで、懐っこく優しい宿の仲居さんは「お盆の前だから静かなもので。。。」などと、しなくてもいい言い訳めいたことを言っていたが、自分たちにしてみれば大きな風呂も独り占め、何より静かで快適だった。

 おおよそ60年から70年代に揃えたんだろう家具調度品には、昭和高度成長期の贅沢品が満載で、然るべき場所に然るべきレイアウトでもって使えば最高だろうにな!と言う、今やレアもの満載の宿だった。

 

 流石は魚自慢を誇る宿らしく、刺身はもう最高の味で、常々、京都の不味い魚を買って食卓に並べると、おツレが「無理して京都で魚料理せんでいいよ」と言うのも悔しいけど頷ける。「こんなに魚が美味しかったら、もう肉なんか食べないだろう」私一人わあわあ言いながら、しかしこれがデフォルトで育ったおツレは静かに箸を進めている。会話も途切れ、ふと壁に目をやるととても大きな額装が気になり出す。

 普段なら数多ある富士山モチーフの絵画になど興味が湧く事もないが、ちょっとこれは別格だった。ボリューム満点の夕ご飯の箸休めに近付くと、それはなんと漆芸によるものである。沈金と蒔絵による富士山は見る角度で細やかに表情が変わり、平面なのに奥行きがあり、色使いはとても謎めいて、それでいて図柄にはモダンさもある。

 普段、仕事で被写体が塗物の場合は非常に撮影が困難で、ライティングにも技術が要って、撮る側に相当なセンスが問われる。自分の師匠はそうしたものを撮影するのがとても上手い人だったが、被写体が良いものであればある程、私ならなるべくなら避けて通りたいとつい心の中で思うし、今回この作品に出会って、「やっぱり漆芸は実物に勝るもの無し。」との答えを見出してしまった。

 塗物の表現については、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」が、文章表現であるが写真表現よりもはるかに秀でてると改めて思う。あの、老いてなお異性の柔肌を撫で回すような文体で塗りについて語られると、参りましたと言うしかない。

 出された天麩羅が冷めるほど作品に魅入っていたら、前述の仲居さんがご飯のお代わりは?と聞いてきたので作品を褒めちぎったら「ここは海辺の一階だから湿気も多くてカビも生えたりするから、定期的に専門の人にメンテを頼まないといけないんです。景気が良い時買ったんでしょうね。当時びっくりするような値段だったと思います。けど、ここ(宿)は古いところに12年前の地震以降、お客さんも減ってね。。。そうそう、隣の宴会場にももう一つ、この方の作品があるんですよ。」と、教えてもらったので見せてもらった。写真はその作品の一部で、羽を表現した沈金。

 これはもう、明日の輪島塗の産地行きが楽しみでならなくなった。

 

 翌朝は宿の朝ごはんに昨日の魚のアラ汁にまたボリュームいっぱいの魚料理にありつき、宿を出ておツレは自転車で岩場へ。私は輪島の朝市と輪島塗を見に車で出かける。

 

 実は輪島の朝市も初めてで、事前情報では「おばさんらの押し売り感がすごい」なんて知った方から言われていたが、まあ、確かに強烈な関西人のゴリ押し感では無いながら、総じて小さな体にそこそこの年齢の漁師さんの奥さんらと思しきご婦人方が、この暑い中を「お姉さん買ってって。。。」と弱々しく粘って言われると、ただでさえ物産オタクで、関西人にあるまじき、実は値切り交渉事もそして素通り、軽くあしらうのもとても苦手な私には弱い所の連発だった(苦笑)。

 もう、1回来たから次はイイかな、と弱腰になったが、家に帰ってその後、干物などを食べたらそれはもう絶品だらけで、またこれは次も行かねばならぬと誓う程だった。

 

 その後は輪島塗の美術館に向かって一人展示室で驚嘆の声を連発して周り、結局、あまりに良いものを見て回ったばっかりに、ちょっと自分土産に椀物でも買って帰ろうかと思っていたものの、安価なものは買う気になれず、輪島塗の良いお箸を二膳分、買うのがせいぜいだった。

 ちょっとちゃんと貯金していつか絶対良いのを買おう。

 今の所、踏ん張って買おうと誓ってるのには薩摩切子と輪島塗が私の中に控えている。

 

 帰りは国民宿舎の日帰り温泉で湯に浸かり、これはまた昨年訪れてすっかり魅了された千里浜のなぎさドライブウェイに立ち寄って、今年買った愛車に砂浜を走らせてあげて、夕焼け前の海を眺めて帰路に着いた。

 

 途中滋賀県内の高速が事故渋滞が長くかかり、栗東で降りて地道を家まで走る。国道は全国チェーンの看板でギラギラしていていきなりの現実に戻ったが、その後の車の中の荷物を下ろすのも、洗濯も、整理も、気持ちは軽かった。

 

 まだこの目を閉じたら素敵なものばかりに囲まれていた情景が浮かんでいる間に、訪れてみたい。

 いや、周辺地図には地元名家のお屋敷の文化財指定を受けてるのもいくつかあって、それはまた今度だ。

 海と魚と塩と漆芸と。最高じゃないか。能登。