晴天と嵐と。緑を惜しんで岡崎界隈。

 朝から京都岡崎エリアへ。
 自転車で七条大橋から三条大橋までは鴨川の遊歩道で北上。この辺り、車だと鴨川沿いの川端通が万年渋滞化しているが、自転車で走ると何と心地良いことか。植栽も豊かで土手上に車が走っていることもほとんど感じない。

 今年の夏は確かに暑かったが、割に雨も多くて、この時期にしては木々の緑が青々としていると思う。そのうち秋も本格化してまた紅葉時期には人も多くなるだろう。新緑の頃ではないが、緑を惜しむのもいい機会かもしれない。

 さて、というわけで、今日のロケ先のお目当ては無鄰菴と京都市動物園だ。


 明治29年に造営された無鄰菴。南禅寺界隈の別荘群で唯一、通年一般公開されている国の名勝である。

 ここは明治、大正の政治家・長州出身の山縣有朋の別荘で、庭園と母屋、洋館、茶室で構成されている。七代目・小川治兵衛によって作庭された近代日本庭園は、施主である山縣有朋の庭園観が見事に反映されていると言う。故郷の景色を再現し、琵琶湖疏水から引いた琵琶湖の水が、庭園奥の滝に見立てた源流から勢いよく、そして優しくせせらぎの音を立てている。

 庭園の背後には見事なまでに東山が借景とされ、今や車通りも激しい周辺にあって、一体どこに位置しているのかと言う現実を、完全に忘れてしまうのだ。
 抑揚のある地面には、いわゆる日本庭園にイメージされる苔むした風情から、芝生もふんだんに敷かれていて、近代日本庭園と呼ばれるには、それらの構成にもよるそうだ。外交で諸外国を旅した山縣有朋が影響を受けたものが、ここにも示されている。
 母屋の庭園を見渡せる座敷で、こちらの指定管理業者である植彌加藤造園さんが庭園の特徴や鑑賞ポイントなどを丁寧に説明して下さった。水音の変化をつけるための石の配置まで細部にこだわり、当時の政治家の常として茶人でもあった山縣有朋は、しかしながら茶道具を揃えるよりも、そうした石を買い求める粋人であったと言うお話も印象的だった。
 


 軽めの朝ごはんだったので、お腹が空いて、お昼は三条京阪まで戻って「篠田屋」へ。
 こじんまりした店構えに、中に入ると時が止まったようなレトロな食堂である。
 近年、雑誌やテレビで紹介されると、新旧入り混じって客足が激増し、週末は行列がついたりして大変だが、平日だとちょっと待つとすぐ席につけるのが嬉しい。それもお母さんのオペレーション能力の高さゆえだろうか。
 ツレは中華そば大。私は名物皿盛り。
 見知らぬお隣さんはこの二つを一人で完食していた。恐るべし。


 日本ではその昔、東京の上野動物園の次、二番目に出来たのがこちら、京都市動物園。
 多分、京都の子なら誰もが、アルバムに親と一緒に行った時の写真が残っていると思う。
 小さい頃からある程度大きくなるまで、遠足や写生大会など、何かと縁があった。子供がいる人なら、親子何代で通う人も居るだろう。
 2015年にリニューアルされてから、私は初めて訪れた。レイアウトがかなり変わっていて戸惑ったが、特にネコ科動物は昔に比べて格段に見やすくなった。あと、ゴリラのファンみたいな人たちがたくさん居て、タレントの出待ちをしているようで面白かった。

 遊具類は子供の頃からペンキは塗り替えられたけど変わらない。ああ。兄とお父さんと三人で来た時に、ソフトクリームの一番美味しいところをガバッと食べられたのを思い出した。園内あれこれ変わったけれど、懐かしくてたまらなくなる。
 リニューアルの際、確かこちらの植栽などを手がけたのも上記の加藤造園さんだったと思う。どうりで園内の植栽が、巷の動物園とは一味違う。


 動物園を一回りする頃に、学生さんたちがスマホアプリか何かで「あと15分ほどで雷雲に囲まれる!」と慌てて走り出した。
 確かに、向こうの空から濃い雲が近づいてきている。
 私たちも慌てて動物園を出て、雨をやり過ごすべくロームシアター京都(旧・京都会館)へ。
 こちらも改修後からもう数年経つが、遠目にみるだけだったのでこの際。
 大きな庇のある大空間は健在で、嵐の様子を内に外にと感じられるのが心地良かった。

 雨が収まるまで待って、帰りは宮川町経由で帰路へ。
 途中、大好きなお豆腐屋さんで、今日の晩御飯のおかずを目当てに。