博物館であり、美術館でもある。京都のお寺。建仁寺編。


 ようやく秋の心地よい風も感じられるようになったので、再び自転車圏内散歩。
 近所の東福寺の寺領を通ると、白いサルスベリが青空と雲に高く伸びていた。大和大路通りを上がって、今回は建仁寺へ。
 今やかつてないほど見渡す限り外国人観光客がそぞめく花見小路を横目に建仁寺へ到着すると、境内は街中にあるとは思えないほど訪れる人の数も程よく静かだった。

 「建物丸ごとが博物館」よろしく、建仁寺はお庭も、建屋も、そして所蔵する「風神雷神図屏風」をはじめ、実に見所に溢れている。そして祇園、四条界隈と京都の中心地にあるというのに、庭先に現実感を呼び起こすようなビル群も全く視界に入ってこない。
 今や国内のそこら中に高層ビル群が競って建てられるような時代にあっても、創建当初からの空気感が留められている事。

 それはとても、貴重な事だと深く思う。

 建仁寺の法堂には、天井いっぱい、互いに絡みあうように「阿吽」の双龍が。こちらの「双龍図」は、2002年、建仁寺創建800年を記念し、日本画家・小泉淳作が約2年の歳月をかけて描かれたものだ。

 

 ちなみに、龍は仏教を守護する八部衆でもあり「龍神」ともいわれ、禅寺の本山の多くでは法堂の天井に龍が描かれてる。法堂は仏法を大衆に説く場所であり、龍が法の雨(仏法の教え)を降らすといわれ、また龍神は水をつかさどることから「火災から守る」という意味も込められている。しかし、これまで建仁寺の法堂には、龍の天井画が存在した、という記録は無いのだそうだ。
 この新たな天井画が、100年、1000年の時を越えても無事、今の自分と同じように、未来の誰かが驚き、感動していますように。


 つい先日の台風では、関東の、特に千葉県にて災害の被害状況が徐々に伝わってきている。

 新聞やテレビの報道よりも、ネットでの個人発信情報の方が速いと揶揄される昨今にあるが、そうした状況に、正確な被害状況が伝わってこないという憤りの声も見られる。
 何が一体どうなっているのかというのは、知りたいものの引き出しのインデックスがこちら側でも見えてない限りは、難しくもなってきているのかな。。。と、思う。政治的な読み取りは、この際ちょっと、置いておいたとして。

 先日、SNSでシェアされていたとあるクラウドファンディングが目に留まった。

 それは京都のお寺、あの「鳥獣戯画」を所蔵する栂尾山・高山寺のお話だ。
 昨年の9月の台風21号により、境内のスギやヒノキの大木が300本以上倒れ、釈迦如来を奉る金堂が半壊するなど、境内全域で大きな被害を受けたそうで、その被害総額は4億8千万円に登るという。

 確かに、昨年の台風では、京都の特に北部エリアにて大きな被害が出て、市内でもたくさんの寺社にも爪痕を残した、と言われている。今でも山間を車で走れば、杉の木が鹿よけの柵でギリギリ立てかかったまま沢山残された光景を目にするが、同じ京都にいても、この話は少なくとも私は今まで知らなかった。
 これほど有名な、「日本最古の漫画」とも称される鳥獣戯画を持つ寺院でも、そしてクラウドファンディングという現代版寄付の形態を活用し、あるいは配布グッズに高いデザイン性を提示出来る知恵とコネクションを持ってしても、地元でさえ、被害の状況が1年という時を経ても広がり難い状況がある。と、すれば、音量もわずかで広がりの方法論を見出せない、けれど本当に困窮している人や地域は一体、全国にどれだけあるだろうかと思い計ると同時に、まずはほんの近くから、ゆかりのある所からでも、出来ることを少しづつ、関わりを持って取り組めればと、憂う前に思う。

 ちなみに、高山寺のクラウドファンディングの告知サイトは以下リンク。
詳細な状況を知ることが出来、その惨状に唖然とする。、↓
https://a-port.asahi.com/projects/kosanji/

 と。
 話を自転車散歩に戻して、鴨川を望む。


 建仁寺を出て花見小路を更に上に上がり、御池から柊屋、俵屋と通りながら、久しぶり、晦庵河道屋へ。

 こちらは江戸時代から続く生そばの老舗で、写真のアシスタントをしていた頃は、師匠が何か言えば昼間は麺、メン、麺続きの人だったので当時よく連れられたお店だ。
 数寄屋造りの建物は、歩く音も優しく響き、器を置く音もコトンと丸く感じる。総じて小さな日本人体型に合わせたような座敷や椅子に、普段は喧しい自分もヒソヒソ静かになるのもまた、それはそれで心地いい。

 私は冷麦と季節ご飯で梅のご飯を。ツレはキツネ蕎麦を。

 帰りはすぐそばの、これまた久しぶりの「北野とうふ」で美味しいお豆腐を買って、暑くなってきたので豆腐に合わせ、急いで帰り道、自転車のペダルを踏んだ。