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熊本。女性が印象に残る旅。BGMはCry Me a River。


 熊本にある焼酎蔵、27蔵のうちのひとつへ取材のために、熊本県へ。
 翌日の集合が朝一なので、前泊にて降り立ったのは新幹線駅「新八代」から一駅の「八代駅」。

 電車がホームに入るのにスピードを落とすと、駅のホームのずっと手前からスローモーションに、九州では唯一拠点の日本製紙の巨大なプラントが目前にパノラマで流れてくる。球磨川の豊かな水源に山林からの木材チップなど、製紙工場に不可欠な豊富な資源と共に、国際港や高速道路と物流にも便利な立地。この街の主力産業とはなんぞや?が、否応にも目視する事が出来る。そんな駅。

 ちなみに、繁華街はこの駅から割と離れた場所にあって、宿泊施設も駅周辺にはほぼ無い。今回泊まるホテルも駅から15分ほど歩くか、タクシーで数分の場所。今でこそ駅周りが賑々しいが、京都における中心と京都駅のそれと同じような感じだろうか。せっかく早く着いたので、ここからちょっとまた離れた温泉地まで足を伸ばすべく、まずは腹ごしらえに。


 八代駅の周辺で地元の方らがお勧めしていた喫茶店「ミック」さんへ。

 レトロな喫茶店、と言うのがおおよその評価だが、関西で馴染みのレトロ喫茶とはまた異なるのは何故だろう。よく観察してみる。

 訪れた際はちょうど、「郷土玩具展」なる展示が施されていたようだが、それはあくまで店内の装飾にて空間全体にさりげなく馴染んでいる感じ。注文したカレーのお皿が地元の素朴な民芸の焼き物だったり、蔵書の美術本や写真集がおおお、と引っかかるラインナップだったりと、店主のこだわりや趣向がじわじわ攻めてくる。が、店内は広く、腰高のガラス戸棚で仕切られているため空気が自由で押し付け感が全く無い。よって大変居心地が良い。古い木造校舎の油引きの匂いがほのかにする。装飾ガラスから九州の強い西日が緩和されて差し込んでくる。流れてくるのはダイアナ・クラールの「クライ・ミー・ア・リバー」。あなたに去られて、私は涙が川になるほど泣いたのよ、今更戻って欲しいだなんて、あなたも川のように泣くがいい。ですよ。なんとなあ。。。
 そんな中を、店内で気持ちよくオーダーを聞くお店のご婦人たちの声の明るさと優しさったら無い。うん。確かに名店だ。


 店を出て、先の水害による復旧も未だ道半ばの「おれんじ鉄道」が使えないので、代替え運行のバスに乗って一路、「日奈久温泉」駅へ。

 想像の通りだったが、駅にはコインロッカーは勿論無くて、荷物をひきづったまま歩くのは。。。と困り果てていたら、不通になった駅舎から弾むようにおしゃべりしてるご婦人方の声がする。電車は不通でも、代替えバスに乗る通学の子供たちが居るから留守番をしてるんだというお母さんたちにお願いして、駅に荷物を預けてもらえた。「ただし、私たちの居る間に帰ってきてね」と言われたのが約1時間強。温泉に浸かるのは無理だ。辺りを歩くだけにしよう。

 

 日奈久温泉とは、応永16年(1409)に霊泉発見された歴史ある温泉地で、江戸と薩摩の往復に整備された薩摩街道に沿い、参勤途上の島津侯もよく利用し、江戸初期には細川家の藩営温泉に指定されたそう。泉質は弱アルカリ単純泉で、リューマチ・神経痛などに効果があるとの事。放浪の俳人種田山頭火は宿泊の際、「温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、いや一生動きたくないのだが」という歌を残しているんだとか。よって山頭火の詠んだ句があちこちの木片に掲げられていて、それらを歩きながら見ているとほっこりとする。
 が。コロナのせいか、それともそれ以前から寂しくなっているのか分からないが、お天気も良くてすかんとしてるので心象として緩和されているものの、訪れる人もごく僅かで寂れた印象だった。駅に戻って荷物を受け取りがてら、お母さんたちとしこたま喋る。「でも、良い街並みですねえ。有名な旅館もあるし!」と言ったら、「ああ、見られました?まあ、でも外観見るだけで充分でしょ。だって泊まるにはお高いもの!笑」と、率直な声。「(名物の)ちくわは食べました?あそこは1本から買えるから良いよ。美味しいし、私も時々買って帰るよ。でも、天ぷらはいまいちだから買わなくて良い」とこれまた率直な声。


 「九州の女は良い。男はダメだ。俺が言うのもなんやけど」とよく言った九州男児の父親の言葉を思い出す。働き者で、明るくて、挫けない。九州の女性って、なんかほんと、好きだなあって、思う。

 


 日奈久温泉から八代に戻ってホテルに荷物を置き、街の中心へ。
 実は、八代にはどうしても行きたい店があった。その名は、キャバレー「ニュー白馬」。
 日本で今も残る唯一の大型キャバレー。昭和36年創業。生バンド演奏のカラオケ、大きなダンスホール、ミラーボールキラキラ、昭和感ゴリゴリの装飾、ママは90歳越え!ね。絶対行きたくなるでしょう?!まあ、ネットで白馬の内観写真を是非とも検索してください。絶対入りたくなるから。
 が。。。悲しいことに今般の事情により、日曜定休プラス、臨時休業日だった。コロナの馬鹿(苦笑)!あまりに残念で悔しいので、近い内に必ず、リベンジに八代へ来ようと思う。

 さて。このキャバレーを調べたら、八代亜紀がデビュー前に年齢を偽って10代半ばに歌っていた場所だと知った。そこで今更、八代亜紀の「八代(やしろ)」は、この地「八代(やつしろ)」に由来したものなんだと知った。何故だかどうしても、代表曲から連想されるのは寒い国の出身みたいな勝手なイメージだったが、そうかあ、あの、コロコロと笑う明るい感じ、なんもと言えない人懐っこい感じって、九州の女、だったんだなあって。
 ちなみに動画で、このニュー白馬で八代亜紀が「Sweet Home Chicago」を「八代」にして歌っているのがある。動画冒頭のジャズを歌ってるのもまた良い。
https://www.youtube.com/watch?v=3ZLqpjt1xfo&feature=emb_logo


 翌日も快晴にて、クライアントと合流し、人吉方面へ移動。

 今回は冒頭にも述べた通り、熊本県内で27の焼酎蔵の一つを訪ねた。見渡す限りの山々に、それらからの伏流水はやがて、球磨川へと流れる。目前には広大な田畑。焼酎の原料となる芋や米が栽培されている。家族経営の小さな蔵だが、こだわりのお酒は全国展開している。
 まだ災害復興の道半ばにある「熊本地震」から、今年はコロナに始まり、豪雨災害と大変な中にある熊本。焼酎蔵に関しては、この水害で3つの蔵が壊滅状態にされて未だ再開の目処が立っていないと言う。
 話をお聞かせいただくととても深刻な状況ではあるが、お会いする方々は皆さん一様に穏やかでお優しく、そして努めて明るい。

 取材の最中、作業の合間に本宅にて休憩させて頂いた。
 郷土玩具や調度品が品よく飾られた渡り廊下の奥の座敷に通されると、蔵の社長のお母さんがお盆に地元人吉のお茶と、お漬物、栗の甘露煮を載せてお出し下さった。
 生姜と胡瓜、蕪の漬物は歯応えも良くてとてもみずみずしくて美味しい。そして栗の甘露煮は、崩れても無く硬過ぎず、甘さも絶妙でホロホロとしている。これらの味わいを行ったり来たり、合間にコックリと味わい深いお茶で緩和する。
 まあ。。。なんと美味しいことか。そして美しい。あまりに感動して、お母さんに思ったこと全部伝えたら、「そんな喜んでもらうなんてそう無い」「私はお茶汲み要員ですから(笑)そこまで喜んでもらうと嬉しい!」と、おっしゃられた。聞けばお漬物はお母さんが漬けたもの、甘露煮は集落で一番上手に炊かれる方にお願いして、朝から作ってもらったんだと言う。我々が来るのに合わせて、作ってくださったんだなあ。なんてありがたい。まさに、地元の滋味。これが本当のおもてなし、ですよね。。。そう聞けば尚感動して、また絶賛したらおもたせにタッパに詰めて下さった。

 

 自分が大変な時は、何にも人にお構いが出来ないのが当たり前。自分の心も時間も金銭的にもゆとりがあれば、何か人に出来るのも当たり前。でも、自分が大変な時も、人に明るく、優しく、心大きく接することが出来る人はすごい。相手を不安に巻き込むことは決してしないし、なんなら安心感さえ与えてしまう。なんと言うか、今回の熊本では、そんな姿をごく自然に振る舞うことの出来る女性に会う事が多かった。
 写真にはその誰もが写ってないけれど。こちらの女性ってまた、ちょっとそんな、目立ちたがりでも無いんですよね。そこがまた。

 優しく大らかな心の人が暮らす街。熊本。
 しかしあんなに大きな川幅の、普段は穏やかな川、豊かさを育む球磨川も、一度氾濫すれば大変なことになる。

 ご負担が、どうぞこれ以上皆さんにとって、大きくなりませんように。
 心から、熊本に幸ありますよう、祈っています。

 そして必ず、またいきたいです。お会いした皆さん全てに、ありがとうございます。


谷口菜穂子写真事務所
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