赤茶の瓦と船板塀の映える町。石川県は橋立町へ。


 8月某日。

 夏休みということで石川県加賀市は橋立町というところへ行ってきた。

 

 2005年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された、江戸後期から明治中期にかけて活躍した北前船の船主や船頭が多く居住した集落で、船主屋敷が起伏に富む地形に立ち並び、屋根は赤茶色の瓦葺き、外壁には船板、屋敷地を取り囲むように板塀や土蔵が配され、石垣や敷石には淡緑青色の笏谷石という街並みが特徴。

 おそらくは、小高いところから見渡せば小さなフィレンツェのような屋根群の統一性も美しく、海辺の集落ならではの風が通る石畳の風情はなんだか竹富島のような、全く個人の主観的感想だがそんな印象を持った。

 その昔は「日本一の富豪村」と呼ばれたらしい所ではあるけれど、宿の人曰く「今は猫しか歩いてません(笑)」というのもなるほど、夏の暑さか流行り物のせいか、日中は出会う人もまばら。猫すら歩いてない。北前船の時代が廃れた後は、蟹漁でまた大儲けしたらしい集落も、今はあちこちに空き家があるらしい。
 私もこの集落の存在を知ったのは、この数年来(いや、小さい頃からチラシ広告の不動産間取りをあちこち見ては妄想するのが好きだったよねと、子供の頃からよく知ってもらってる親の友達から言われたので筋金入り)空き家バンクなるもので石川県内の空き物件を見まくってる中で、偶然、売りに出てる集落の立派過ぎるお家を見たことによる。
 Google マップで家周辺を観察しまくって、リアルでも見てみたくてこの度に至った。


 写真のネコらは、泊まってた宿の庭先に早朝、ご挨拶にきてくれた親子。
 


 橋立町には二つほど、一般公開されている元・船主屋敷があって、ひとつはどうやらコロナで閉鎖中のようなのでもう一つの方に行ってみた。

 こちら「北前船の里資料館」は、明治9年に造られた北前船主の屋敷で、現在は加賀市が譲り受けて北前船の歴史を紐解く資料館になっている。

 かつての持ち主だった酒谷家は、江戸時代から明治にかけて6隻の船を所有して巨額の富を築いたそうで、1000坪の敷地には、オエと呼ばれる30畳の大広間に柱に八寸角のケヤキ、梁には巨大な松、秋田杉の一枚板の大戸などが誇る屋敷とは別に、蔵がなんと3つもある。そして蔵と屋敷を繋ぐ渡り廊下はまるで船内を歩いているかのような心地になり面白い。
 北前船なるものが、当時いかにした商売のあり方だったのか、かつての家主の生業から暮らしぶりを辿りつつ、商売の栄華と時代とともに衰退した経緯をも垣間見れて、大変参考になる。
 お金持ちの家って、またそれが過去のものとして一般公開されているのは多々事例はあれど、ここまで生業を体現してる家って、実に興味深いものですね。

北前船の里資料館


 かつての街並みが、その成り立ちの歴史と共に整備されて残されている橋立町。
 ポテンシャルは凄いのに、まだ、その他の伝建地区のように新たな商売の萌や、若手が作り出す心地よい個人商店がうまい具合にリノベされて入ってない印象で、このまま過疎化、高齢化が進むと今後、どうなるんだろうとちょっと不安にもなる。が、重ねて言うに、ポテンシャルが凄い。そして言っても近くは温泉地だし、アクセスも決して悪くない。
 これから、もっと注目されて、いい具合に風情ある、人の訪れの優しい街にスライドされたら、とても素敵な事になるだろうなあと妄想。
 誇れる歴史がある。それらを語るものが今もまだ残ってる。魚が美味い。海が美しい。温泉だってある。そしてゆっくり出来る。
 充分過ぎるやんか。
 

橋立町の街並み


谷口菜穂子写真事務所
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