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良い意味忙しい夏休み。


  夏。一路、数年後に移住予定の石川能登へ。

 北陸自動車道は金沢西で降りて、市内から「のと里山海道」に乗って30分程。左手には日本海、右手には防風林が広がり、もう何度も通る道というのに毎回パカッと、心の蓋が開く音がする。快晴なら尚更、いや、雨の日だって曇り空だって、まるで水平線に向かって伸びるような道を進むと、その先に何か、希望があるような。

 「海の近くで生まれ育ってたら、これまで絶対違ったやろなあ」と、運転しながら呟く。

 

 ここの所少々、頭の回線がこんがらがっていた。自分のレンジの狭まりを年々痛感。こんな造語があるか分からないけど、ちょっとSNS鬱みたいな感覚のような。

 誰かが嬉しい時、誰かが悲しい時。思えばとても残酷な、ときに一人呑気。世界と自分の境界線が良くも悪くも曖昧、であることが前提と勿論理解した上で、無理せず自分のペースがモットーだった自分なりのネットの付き合い方やSNSの扱い方。

 がしかし自分にも誰にも、パーソナルな振り子がふとした拍子に意味なんてあるのか?と揺り切ってしまうと、もう明るかろうと暗かろうと、何某かのアウトプットもインプットもだんだん億劫になり、どこか常に後ろめたいような、楽しめない気分に陥るに至る。

 

 この時点で、仮想と現実を完全に切り分けて遮断も恐れず、すべきなんだろうね本当は。

 

 そうこうするうちに、実生活のスケジュールキャパが目一杯になって、約束やお誘い事やイベントもあれこれと溜まり溜まって反故だらけ。連絡や情報がほぼ誰からも取れる簡単な時代だからこそ、実際には物理的に果たせない決め事。であるからまたモヤモヤも増えた。

 これはネットスランプというべきかそもそもで向いてないのか。

 あるいはただただ、身体的行動制限が自動でかかる更年期障害のなせる業か。まあ結局おそらくコレかもな。苦笑。

 

 移住予定の家を得たのは去年の9月。大きな庭を前にして、元所有者さんに「どのくらいの頻度で今まで草刈りされてたんですか?」と尋ねると「毎月1回位」と言われた。慄く私に「まあ、年に2回くらいでも」と控えめなアドバイスを添えて下さったがなんのなんの。やはり春から夏は1ヶ月を超えると雑草の生命力たるや恐るべし。というかもう、切った先から翌日には伸びている。

 が、1ヶ月で草木の生茂る成長具合と同様、心と体のモヤモヤも1、2ヶ月もすれば結構溜まるという訳で、リセットするのにもはや必須の場所となりつつある。

 

 ちなみに、LINEは頑なに拒否故のガラケー化石にて、こちらに来る時はiPadと僅かな容量のモバイルWi-Fiのみ持参で必要最低限開くのみ。勿論で石川の家にネット環境は今は整えていない。

 

 (上記添付の走行中写真は助手席鎮座のおツレ撮影。)

 

 

 留守中、先進的窓リノベ事業なるニッチな?補助金制度を利用して、地域の大工さんやサッシ屋さんにより、外観と色目が合ってなくて気に食わなかった古い大きな掃き出しアルミ窓を交換してもらっていて、とても良い感じに仕上げて頂いたのを確認して感動。

 加えて、(写真の)裏の勝手口付近に元々植えられていた「ノウゼンカズラ」が重たげにいっぱいの花を咲かせて、テンションが上がる。が、支柱をこしらえなきゃならんな、とか。。。他にも、これを足したらあれも必要と、なんだかんだと課題や宿題が見えてくる。

 

 要するに、やることだらけ。「別荘感覚」とか、「ゆっくり田舎暮らし」とか、そんなのは幻想で、癒されに行くのとはちょっと違う。そしてこうも暑いと、例え朝イチから昼過ぎまで無我夢中で草刈りを終えても、そのあとは使い物にならないくらい疲労困憊で1日が終わり、今回来たらその他ここまでやろうと京都で相当低いハードルの妄想計画を立てたとて、その半分も出来ないでタイムアウト。

 もう、夏はそれ以上のことは出来ない、夏が終わったらDIYを始めよう。と、買い求めた手付かずの材料たちに向かって言い訳している。

 

 が。毎回、不完全燃焼とは言え、頭は置いといて体を動かす事によって結果が見える化するのはとても清々しい。

 動いて結果が出て疲れて寝る。そして障子越の朝日が眩しくて起きる。容量以上には動けないのを体感する。それだけのことだけど。

 

 写真は、ノウゼンカズラの向こう、整理が全く手付かずの大きな納屋と、井戸の小屋。その向こうは来年の春先にはガーデニング着手予定(努力目標)で今は雑草の宝庫化してる庭。ぶどうとイチジクがたくさんなっていた(食べ頃には、人間の居ない間に野鳥たちに先取りされるんだろう。要は現状鳥や虫たちのサンクチュアリ)。

 井戸の小屋裏には、笹藪にまみれてヒメオウギスイセンがいっぱい咲き誇っていた。

 

 という訳で、小さかろうと喜ぶべき結果をひとつづつ着実に残すべく、今回は玄関からまっすぐ伸びる廊下の突き当たりに、オークションでせり落とした砥粉仕上げの古い桐の車箪笥を鎮座。

 タイポグラフィーのポスターは柚木沙弥郎さん。箪笥の上には、鹿児島の父親の生家を潰した際に出てきた香炉。その隣には、インスタで一目惚れ、金沢在住の若手建築家さんによる能登の海岸で拾い集めた、流木や木の実や鳥の羽など、自然物で組み立てたモビール作品 。

 テーマ的には自分なりの温故知新アップサイクル。

 車のハッチバック口径ギリギリサイズで載せてきた箪笥。京都の小さい家に届いたときはデカすぎたかなあと不安になったが、こちらに持ってくるとまあなんと、元からあったみたいに吸収合併。

 廊下を行ったりきたりでニマニマして、この光景、もう完全に自己満足。おツレに感想を求めたところで「良いんじゃない?」くらいの事だけど、もうね、自分が好きだ、と思う事だけで充分。承認欲求なんてものほど後々疲れるものは無いし、良かれの思い込みも結果的には立派な同調圧力なんだから。
 仮に誰か遠くで同じものを好きな人が居たとしたら、それは会話の緒にでもなってちょっと楽しい、くらいで良いじゃないかと。

 


 こちらに来ると、未だリノベしてないキッチンが使えないことを言い訳に、付近のあちこちでお魚貯金と称して海の幸グルメを食べ周り、ボイラーも未リノベを言い訳に、すぐ近所にある小さな源泉掛け流し温泉(ほぼ、地域の方らの憩いの銭湯)に入り、お勉強と称して、近隣の観光スポットにポツポツ足を伸ばしてみたりする。

 ちなみに、石川と言えばの本丸・金沢探索はおツレの実家に立ち寄る以外はまだほぼ、着手していない。行きたい場所、見たい所、食べたいものが多すぎて、衰える一方の読み取り能力がパンクしそうで(苦笑)。

 写真の灯台は、日本最古の木造灯台と言われる、志賀町の「旧福浦灯台」で、明治9年に建造。かつて栄華を極めた北前船が帰港した時代の語り部たる貴重な資料である。
 下の写真は、是非とも行ってみたかった羽咋市にある「気多大社」。重宝文化財の本殿奥に広がる森は「入らずの森」として神聖視され、神官すら年に一回のみ、それも目隠しして入るのだそうだ。そのため、古来から手付かずの生態系が守られていて、国の天然記念物指定を受けている。(加えて、近年の気候変動による環境破壊に対しては森の生態系が如実なバロメーターともなっており、警鐘を鳴らされてもいる。このお話はまた、いずれ追々。)


 さて。まだ全然、二拠点、と言うには程遠いけど、私生活面において、ベースになる環境が外的圧力でガラッと変わる事が実はやや苦手な私にとって、じわじわじわじわ、遠浅の海に踏み込んだり、波がくればちょっと後退りするような感じで徐々に馴染んでいくような今のやり方が、どうやら丁度良いのかもしれない。


 でも、確実に言える事。
 例えば役所で諸々の手続きに向かうと職員さん総出の勢いで親切にして下さったり、買い物にて会計がゆっくりで急かされることもなく、後ろの列の人たちも全然苛つかなかったり、車の運転が大概のんびりで車間距離も十二分、割り込みも譲り合い精神でめちゃくちゃ優しかったり、近隣業者さんたちが色々機転をきかせて下さってとても頼もしかったり、畑で採れためちゃくちゃ美味しい完熟トマトやじゃがいもをたっぷり頂いたり。。。

 と。これまでの生活だとなんでも無いことと気にしないようやり過ごしてた、実は地味に蓄積される小さな葛藤や疑問が、地域の皆さんの、良い感じの距離感を伴う優しさやさり気なさによって溶けていくのをとても感じる。そしてそれらはとてもとても、ありがたい。

 

 さあこれから。まずは健康に留意して、ここで出来るだけ長く生きられるよう、また幸せに生きるための拠点作りを焦らず、進めて行けたらなあと思う。
 出来たら、友達らが時々遊びに来れるようにも、して行けたらなあ(客用布団がまだ無い)。


谷口菜穂子写真事務所
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