

和菓子メーカー・叶匠壽庵さんが、農工ひとつの菓子づくりを目指し、辿り着いた理想郷「寿長生の郷」。荒廃した山を再び里山へと再生しつつ、自然と共生しながらお菓子と向き合って、開場(開山と言うべきか)から今年で40年を迎えたそうだ。
現在、建屋の一角に当時の写真などが振り返られる展示場が併設されている。当時の荒涼とした山肌に、若木が植えられ守られ続けたのだろう様と、現在の様子を照らし合わせれば、その道のりに堆積した人々の愛や命の循環に、静かに心打たれる。
急場凌ぎにそれらしく何らかをこしらえても、自然というものはその浅はかさを単純明快に見る側に露呈させる。一方で時間をかけて、大切に育んだなら、まるでもう何百年も揺るぎなくそこに居たかのように、平穏な時間を我々に与えてくれる。
「もう叶の仕事して何年になるんですか?」と、若い社員さんと散策道の野花を探しながら問われる。「今年で25年になるなあ」と返しながら、私はまだ、この自然の25年分の成長しか、見たわけでは無いのを思い知る。勿論、最初に訪れた時から、もう随分な里山風景だった。けれど、毎年毎回ここを歩く度、より一層、郷の良さが増しているとも感じる。
「郷があるから、私ここの会社がやっぱり好きなんです」と彼女は言う。ほんまそうやね、と私も返す。
いくら立派な哲学やなんかを言葉でまとめてみた所で、この世界観を持ち続けるほどの無言の「企業理念」なんて、そう無いんじゃないだろうか。そんな風に、みんなの思いのまとまる先に自然があるというのは、とても素敵な事だと思う。
普段、すれ違うと他愛もない話をする郷の人たちが、ひとたびお茶席でのお手前を拝見すると別の世界の人のような空気を纏う。
季節のお菓子を頂くとやっぱり、ほろほろ、はらはらと儚く美味しい。
大事なものは、いつも背裏に危うい。だから大切に、大切にしなきゃならないとも、思い合えるのかもしれない。
2025年。春の記憶に。