梅の思い出

 

 突然の真夏の雨にヒヤヒヤしながら、カラリと梅が干し上がった。

 壺に納めて来年の夏まで待つ。また1年。無事に過ごせますように。

 

 初めて梅干しを漬けたのはもう4半世紀以上前の事。父親に教わりながら漬けた。

 アメリカの西海岸で暮らす父親の叔母(私の大叔母)に送るため、故郷・鹿児島の実家の庭で育つ梅の実を漬けた。

 家事どころか何にも知らない若い娘さんであった大叔母が、お見合いしてすぐご主人と一緒に開拓移民として海を渡ったのは戦前の話。渡ったは良いもののご主人が若くして亡くなられ、子供5人抱え、戦中は敵国民として強制収容所での生活を経て、戦後は異国の地にて80歳まで現役で婦人服の仕立てをしながら子供らを育て上げた。そんな中でも敗戦国である貧しい実家への仕送りも欠かさなかったと言う。

 親族は勿論、私にとって本当に尊敬する人。子供の頃から親に言い聞かされて育ったので、高校生の頃に初めてアメリカに行って大叔母とお会いしたのは嬉しくてならなかった。

 旅先でのお礼に、懐かしいだろう故郷の梅を大叔母に送ったら、とても喜んでくれたそうだ。それからほどなくして亡くなられたと手紙があった。

 

 その後、父親は私が30歳の時に亡くなったが、最晩年の夏、鹿児島の実家から庭の梅をそれ以来久しぶりに送ってもらって、父は「梅の木をちゃんと剪定してやらんから実が悪い」とブツブツ言いながらも梅酒と梅干しを漬けた。

 

 あれからもう18年も経ったが、梅干しも梅酒も瓶の中でいまだひっそり手元にあって(さすがに梅干しは果肉も痩せてシワシワだが)、(神道なので5年おき、10年おきの)節目には親族にちょっとづつ記念にお渡ししている。

 

 梅はすごい。

 何年も何十年も、作った人の事も、思い出までも保存出来るんだから。