京都西側散策


東側の人間。京都の西側を訪ねてみる。

 京都って、よく知られる洛中洛外の区切りもそうだけど、市内を右(西)と左(東)で分けて、それぞれの居住区がそのどちら側にあるかで、反対側の方をあまり訪れない事が多い。お互いの道も明るくない。分布する良店も把握してない。つまり、左京の人は右京をあまりよく知らないし、右京の人はあまりよく左京を知らない。
 今、私が住んでいる所は東山のせり上がった所で、遠く反対側の西山を眺めては、結構標高あるなあとか、夕日が綺麗だなあとか意識することが多くなった。そしてその山々に点在する、行ったことの無いサンクチュアリを訪れたくなった。
 これから機会を設けて、まだ行ったことのない地元をよく知ろうと思う。


大原野神社からお隣の勝持寺へ。

 延暦3年(西暦784年)の長岡京遷都の際に藤原氏の氏神、奈良の春日大社の神様を小塩山の麓にお祀りしたのが始まりの、「京の春日さん」と称される大原野神社。新緑の紅葉のトンネル、睡蓮の密生する鯉沢池、狛犬ならぬ神鹿が神様のお使いとして佇む本殿。訪れる人もまばらで、散策も心地良い。

 その脇に通じる山道を登ると「花の寺」と言われる勝持寺にたどり着く。白鳳8年(西暦679年)に天武天皇の勅によって創建したのが始まり。西行桜をはじめとした桜の名所らしいが、6月は蒸すような新緑に覆われて、山の光と陰のコントラストに光ったり沈んだりとそれはそれでとても美しい。街中の手入れの行き渡りまくった寺院のお庭も素晴らしいが、ある程度自然に任せたような、絶妙のさじ加減のお庭というか森というかも居心地が良く、こんな標高の高いところまで、立派な石を積み上げて、ちょっと滋賀の坂本の小道を歩いているような心地になった。
 にしても、応仁の乱って、どれだけ凄まじかったのか。こんな山のお寺ですら当時大方焼かれたという。


西の紫陽花の名所「善峯寺」へ。

 この近くにあるガーデニングショップや光明寺には機会があって何度も訪れてはいたが、道すがらの「善峯寺」の看板を見かけるたび、まあそのうちに、と脇目にしていたが、どうやら、紫陽花の名所と謳われているのでこの度。
 さてその看板から道を進めると、まあまあな山道を車で攻めていく感じになる。所々対向車との離合が困難な道幅もあり、なんだか、信州あたりの山寺にでも行くような、京都じゃ無いような錯覚にも陥る。着いた先には立派なお寺の駐車場があって、コロナ禍による他県移動の制限も解除されてすぐの日曜日。多分皆さんお互い思っただろう、ああ、平日に来た方が良かったかなと思うほど、地元はもとより他県ナンバーの車がたくさん停まっていた。それでも、観光バスによる団体はまだ全く動いていないのでマシなのか。
 境内は大変大きく、また山肌をうまく活用した高低差の激しいお寺なので、案外、人は密にならない。平安中期に開かれたお寺で、江戸時代には徳川綱吉の生母である桂昌院を大檀那として復興、寄進されている。そんな綱吉公のゆかりあってか、境内はどうやら、ペットのワンちゃんも散策が可能とされているようだ。ただし、アップダウンが結構激しいところなので、健脚なワンちゃんでないと、ちょっとこたえるかもしれない。
 京都で紫陽花と言えば、宇治の三室戸寺。。。と誰しも真っ先に思い浮かぶかと思うが、今回初めてこちらを訪れて、その規模感や山肌をうまく利用した紫陽花苑はまた趣も違って圧巻だった。私の写真も含め、巷のネット経由の紹介情報では、なかなかこのスケール感をお伝えするのが難しい。あと、山頂の京都の見渡しも。また晴天の朝はさぞ神々しいだろう。