季節の吹き寄せ。光悦寺。

 

 左大文字山の北方、鷹峯、鷲ヶ峯、天峯の鷹峯三山の連なる丘陵地。1591年に豊臣秀吉が御土居を構築したその北辺に位置する鷹峯街道を上がったところに「光悦寺」はある。

 元和元年(1615)、江戸時代初期の書、陶芸、漆芸、そして茶人と、今で言うならマルチアーティストである本阿弥光悦が徳川家康からこの地を与えられ草庵を結び、光悦の一族や工芸職人らが移り住んで芸術村を営んだ場所。

 光悦の死後に、ゆかりの地「光悦寺」が創建されたのがお寺としての始まりだ。

 趣の異なる七つの茶室があり、竹を斜めに組んだ垣根「光悦垣」が境内にて象徴的な存在である。

 

 私は、2000年始め頃から約6年間、光悦寺からほんの僅か下がったところに暮らしていた事がある。加えて大好きな友達や、父親の友人が暮らしている鷹峯は、過ごしたわずかな時間ながらも思い出深い場所だ。

 ちょうどその頃から、一大京都観光のブームがやがて熱烈なリピーターの訪れる時期と重なって、いわゆる有名寺院からそう、アクセスも良くないにも関わらず、京都通を自称する人たちがこの場所にもたくさん訪れるようになった。特に光悦寺や源光庵など、かつては密かな紅葉名所もそうした人たちがごぞって観光に訪れるようになって、目に見えて人の行き交いが増えた。朝のゴミ出しに寝ぼけ眼でゆるい室内着のまま街道に出ると、朝からバッチリ整った人たちが大勢通るものだから、暮らしてる自分の方がなんとも場違いなような、朝日に晒されて照れ臭い感じがしたものである。

 

 久々に友達の家に寄りがてら、光悦寺を訪れてみた。

 まだまだ、京都にあまたある名所や寺院を全て網羅した訳ではないけれど、仮に生きている間、あるいは京都での暮らしを終えたいつの日かに、これまで行ったことのあるお寺でお気に入りの場所は?と尋ねられても、多分このお寺もいくつかの中で挙げることは、私の中で変わらないだろうと思う。

 何という訳ではない。参道を通って、ほとんど普段は閉じられている茶室を横目に、鷹峯三山が見渡せるところまで進んで、また戻るだけの境内。がしかし、高台に位置し、山々に囲まれる環境は世間が遥か遠くに感じ、またお庭の木々や草花の整いと、その生きている様の自然さのバランスがなんとも絶妙なのだ。

 日本料理や干菓子で表現される「吹き寄せ」は、季節の花木を一枚の皿や木箱に表現されたものであるが、こちらの庭園はそんな吹き寄せのまさしくインスピレーションの源だろう。特に紅葉のピークでも無い時期であるなら、それがまた平日なら、訪れる人もほぼいないシチュエーションだとまるで空中庭園、地上の楽園である。

 

 帰り道、街道沿いにある昔ながらの造り醤油の老舗、松野醤油でお買い物をして車を出したら、かつて住んでいた家の隣家の、木造平家で一人暮らしのおばあさんが車窓に見えた。もう、あの頃だって結構なお年だった筈。おいくつになられたんだろう。行き交う人に向けた変わらない人懐っこい笑顔で、何せお元気そうで嬉しかった。幻かとすら思った。

 

 近年、このエリアに立て続けに出来た外資系高級リゾートホテルたちによって、すっかり外側からはアジアの極上リゾートに位置づけられているんだろう鷹峯。がしかしまさにアジアのどこかのように、すぐ隣り合わせで、あたりは牧歌的で昔ながらの暮らしが営まれる、京都にあって今や稀有なところでもあるのだ。


谷口菜穂子写真事務所
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