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ほんの少しずつ、お祭りのそばへ。

 皆さんの中で、獅子舞ってどんなイメージだろうか。

 

 かつて正月番組でよく見かけた獅子舞は、赤い獅子のお面に緑地に白い毛卍文を纏った一人、あるいは二人の演者が獅子頭をカチカチ言わせながら飛び跳ねる、みたいな感じ。あるいは、祭りの際に獅子にパックリ子供が頭を噛まれる。。。なんて位の絵でしか、これまで私は知らなかった。

 

 写真の専門学校で講師をしていた頃、学年に何人か石川出身の子たちが居て、祭りの時期は獅子舞に出ないといけないから地元に帰るとか、子供の頃は参加のお駄賃目当てに獅子舞をした、なんて話を聞いたりもしたが、自分の中のイメージは固定したままで、どんなものかを知る機会が無かった。

 移住予定のお家を元所有者さんから譲り受けた際、ご家族から「毎年のお祭りが楽しみでした」「家の真前でお祭りが見れるんです」と聞かされ、ほとんどすっかり残置物が無かった家だったけれども、薄暗い納屋に大きなお祭りの際の提灯が大事に吊るされていたので譲ってもらった。八幡様を中心に、集落を獅子が舞い、花火が散る、年に一度の皆さんにとって最も大事なお祭り。それはもう、定住した暁には、皆さんのレガシーとして、この提灯を掲げますとお約束した。

 

 元々はインドが発祥とされる獅子舞は、中国から朝鮮半島、そして日本に伝わり、今や日本で最も数が多い民俗芸能だそうだ。

 その中でも、石川、お隣の富山は最も数多く伝承されているらしい。しかも、獅子舞はそれぞれ伝承される地域によって全く異なる舞いであり、衣装も様々、お囃子の楽器も音楽も様々であることをここにきて初めて知った。

 ちなみに、移住予定先の集落の獅子舞には大獅子と小獅子が居て、陣営の上に立つ天狗の演者によって「獅子殺し」を表現すべく舞いである事が見て取れる。その、抑揚をつけつつ空を跳ね、激しくなるステップとお囃子の繰り返しが本当に素晴らしい。

 

 これまで地元は京都としつつも、子供の頃から引越しを重ねたので土着したお祭りの真ん中に参加する機会が(地蔵盆以外)私には全く無かった。と言うよりお祭りがコミュニティの象徴であるとしたら、まさにコミュニティに土着して見守られたり見守ったりして生きてきたことが私には無かった。ああそうだ。そうしてもう半世紀を越えてしまって、まるで、大縄跳びに参加しないまま、クルクル回る縄跳びに飛び込みもせず傍観したまま、ちょっと引きで、見学する様な生き方をこれまでずっとしてきて、生業である写真業(特に対象そのものに夢中になりすぎてはいけない広告業において)も、そういう性質にある意味向いた職業として知らぬ間に選んでここまで至るんだとこれまた客観的に振り返る。

 

 今回、お祭りの時間軸が全く分からなかったのと帰路スケジュールの兼ね合いで、地域のお祭りのほんの序章のみ見させて頂いた。帰る日の夜、夜中こそ宵山であると知り、お隣のお婆さんに「最後まで見れなくて残念。途中で帰るなんて失礼してごめんなさい」と言うと、「住んだら毎年見れるよ(だから今回は気になさんな)」と言ってもらえてちょっとホッとした。

 

 いつか、もう少し祭りの本質がよく分かる距離感で、もっと真ん中から写真が撮れるようになったとしたら、私も、そして私の写真表現も、実に遅ればせながら一皮むけるのかもしれない。

 憧れは常にあったのだ。特に、土着した素朴な日本のお祭りに触れる度、いつも琴線に触れて泣きそうになるから。

 

 

 ああしかし子供ってどうして、お祭りのビビットな衣装を纏ったらより一層、可愛さが倍増するんでしょうね。そして若者たちの無心の取り組みも。楽しげな表情も。めちゃくちゃカッコ良かった。感動しました。

 この度は良いものを見せて戴き、本当にありがとうございました。

 来年こそは、祭りの全てを見させて頂くべく、張り付きで必ず居ようと思います。

注)初めてのお祭りで語れるには全く至らないので、これまでの歴史に敬意を込めて本文への地域の特定を避け、また肖像権的な問題の無いよう、写真セレクトも注意を払いました。いつか語れるほど全貌が撮れるように、自戒も込めて。

谷口菜穂子写真事務所
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