· 

Anselm Kiefer「SOLARIS」展@二条城へ

 

 戦後のドイツ現代美術界を代表する、アンゼルム・キーファーの展覧会に行ってきました。

 

 その前段として、NHKの日曜美術での特集放映と、会期に合わせて新風館内のアップリンクで一週間限定公開された、同じくドイツ人映画監督のヴィム・ベンダースによるドキュメント映画「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」を鑑賞し、ある程度の下調べでインパクトに圧倒され過ぎないよう、準備は万端のつもりでした。

 

 が。記憶の限り、あくまで主観ですが、これまで様々な作家の展覧会を観た中で、自身の年齢に伴う感受性能の退化を鑑みても、どれよりも何よりも圧倒的、だったかもしれません。

 

 引いて眺めればある種とても具象。近寄れば近寄るほど抽象。平面に対して平行に視点を合わせれば合わせる程立体な作品たち。

 対峙する距離や角度で、全く異なる性質のものが、一見静止しつつ、無音で蠢くように共存しています。

 二次元で事足りるとする風潮にあって、必ず実物と対峙しなければまず、門戸は開きません(これは全ての作品について撮影可とされているのにも、撮影したとて、を作者も企画側も、二次元の複製化は決して不可能であるのをよくよく知り得るが故でしょう)。

 

 ナチスドイツの終焉と同時に生まれたキーファー。

 その出自のアイデンティティーを原動とする作家活動は、初期作(1969年頃)、かつての占領各国にてナチス式敬礼ポーズでぽつねんと収めたセルフポートレイトから始まりました。

 これについては同時代に生まれたヴィムベンダースの映画でも語られており、当時、世界はもとより自国内でも、語られることも掘り下げることも全てがタブーであったナチスドイツというモチーフを取り上げ真正面から挑んだ事に、今更驚きました。

 まさか、あれ程までに戦後の教訓や懺悔を明らかに、そして詳らかにしてきた(と思っていた)加害国の戦後処理のお手本のようなドイツに、一方では平均的に、あるいは俯瞰的に、あるいは中立的になど、決して語ることが出来ない側面が、あったなんて想像だにしなかった(思えば想像出来たろうに)、と。

 

 世界に対してただただ平伏すしか無かった母国の再生と共に産声を上げた作家世代。

 母国そもそものアイデンティティーの喪失と、それらを全否定せざるを得ない重苦しさの中で生きた先、世界を見渡せば過去の繰り返しがまるで普遍の飛び火のように、燻りや狼煙をあげている今日。

 そうした世情の中に、キーファーの作品は両義性を持って、語りかけ、問い掛けてくるのはとても、意味深いです。

 

 映画がある種の補足として興味深かったのは、キーファーの壮年期を彼の息子が、またキーファーの幼少期はヴェンダースの甥孫が、キャストとして演じています。

 いわゆるドキュメンタリー映画とは一線を画した映像表現はヴェンダースならでは、ですが、こうした配役をあえて自分たちに直接繋がりのある者らに据えたのにも、彼らにとって、とても意味深い事なんだろうと想像します。

 

 広島原爆にて骨組みだけとなった小学校校舎をモチーフにした作品や、アメリカで世界大戦中に立案された、ドイツから未来永劫戦争を起こす能力を奪う為の懲罰的計画「モーゲンソープラン」をモチーフにした作品など、ベースには社会的なものを正面から捉えたのち、文学的で抒情的に構想を練った上で作品へと昇華させ、あとはあくまで鑑賞者の思索に委ねられるという空間提案。

 一方で正義と中立を振りかざしつつも、結果的にはともすれば中立的立場という建前に逃げ込む現代のマスメディアにも学ぶ事多々でしょう。

 

 ・・・なんて事を言いながらも、これら壮大かつ強靭なバランス感覚が、途轍もない大作のそれぞれに揺るぎなく備わって体をなしているのは、目の前にしても全く、信じられないです。

 

 時折、今時なナイトイベントなどやインバウンドで賑わっている二条城。思い出しても忘れたくらい、長い間中に入った事も無かった、車で外観を流すだけの地元・京都の二条城。

 今回の作品展で、この場で開催することについての意義は一応なり、最もらしい事は語られていますが、まずもってこの建物と作品の歴史的文脈は皆無です。

 ですが、元・将軍様の圧倒的なスケールの、無骨で、無彩色な居城にあって、その殆どは土壁と自然光による僅かな光源の中、その色彩が暗闇から浮かび上がり、巨大でパワフルな作品群と成す、なんとも必然的な融合も圧巻でした。

 

 どこかの広大な美術館で観たとしても同じく心揺さぶられるでしょうけれど、この場で体感出来た事はきっと、世界各国でこれまで開催されたキーファーの作品展の中でも、唯一無二だろうと思います。

 

 是非。異なる世代ながらも同時代に生きる作家を知るべく、ご興味の方は足を運ばれてみては如何でしょう。

 

(加えてお薦めはやはり、映画も共々に観られたらより深く全体として知ることが出来ます。アマゾンプライムで有料配信されていますので、こちらも是非。)

 

 

 

 

 

映画公式サイトリンク

https://unpfilm.com/anselm/#modal

展覧会公式サイトリンク

https://kieferinkyoto.com/

谷口菜穂子写真事務所
Copyright© Nahoko Taniguchi All Rights Reserved.

 


商用、私用に関わらず、サイト上の全ての写真やテキストにおける無断での転用は固くお断りいたします。

Regardless of commercial or private use, we will refuse diversion without permission in all photos and texts on the site.