佇む、感じる。暮らしを変える。河井寛次郎記念館。


 何でもあんまりやつぎばやに、熱中しすぎるとそれは多分、その時々のマイブームに過ぎないからぼちぼちと。

 自転車圏内で知る京都再認識。未だ語れないことだらけの地元のことを、いつか遠く離れるような時が来たとしても、ちょっとは人に語れるようになれればいいなシリーズ。

 朝は梨を囓るだけにして自転車で出かけ、泉涌寺エリアにそっと佇むうどん屋「水月」さんへ。
 ネットというのはホントに便利なもんだ。立ち寄り先に何か、食べたい物のカテゴリーを検索すると、良いも悪いも誰かの主観もひっくるめて、あれこれ知らないお店を紹介してくれる。

 泉涌寺エリアというのは、皇室ゆかりの紅葉名所の泉涌寺を中心に、続く参道以外はなかなか複雑に入り組んだ道ばかりで迷路のようになっている。あたりは京焼・清水焼の窯元がたくさんあるが、地形的にはほぼ坂道で住宅が密集していて、観光地とは言え普段はとても静かで落ち着いた一帯である。
 私は電チャリ、ツレは普通の自転車。お店の側に停めると、店主さん、「近くからお越しですか?ここらは坂道ばっかりやし来るの大変でしょ。ああ、おたくは電動、おツレさんは(笑)」。店の外から換気扇伝いに、出汁のたまらない良い香りがする。友達で数多あるコーヒーショップの外側に漏れ出す焙煎臭で、そこが良い店か美味しく無い店か判断する強者が居るけど、そんな能力は自分には無いけど、出汁の香りなら分かる。絶対旨いに違いない。
 近頃、そもそもで麺好きのおツレが、古い食堂の中華そば開拓に熱心らしい。私はうどん定食を注文する。こじんまりした居心地の懐かしいお店。テレビを片耳に、新聞を読む。
 うどん出汁もお揚げさんもめちゃくちゃ旨い。おツレの中華そばも、これ以上薄くも、あるいは濃くも転べば違うな、という絶妙の所で留められた絶品出汁。これまで比較で暫定1位に旨い。今度は「麺かためで」とだけ言おう。と、いうことで我々的には意見が落ち着いた。


 店を出て大通りには出ず、三十三間堂、豊国神社エリアを自転車で進む。
 途中、昔の迎賓館を活用した蕎麦専門店もある蕎麦菓子屋「澤正老舗」でそばぼうろと出来立ての生菓子を買って、大正時代の元銀行、倉庫、からの転用でグラフィックデザイン事務所兼オリジナルショップに立ち寄って小さな一筆箋を購入。ちなみに、澤正さんの斜め向かいは柴漬け「おらが村漬け」で有名な「ニシダや」さんがある。ここの包みが可愛くて好き。それから、東山通りに出ると甘味屋の「梅香堂」さんがあって、いつも結構並んでる。なんせちょいちょい、隠れた名店がひょっこり顔を出すエリア。。。あ。話が反れそう。
 普段、仕事ではほぼほぼ車移動なので、「今更何感動してるねん」と言われそうだけど、自転車で動くとあれこれ発見出来て、徒歩よりはショートカットで物事が見つけられて良い。特に昨今の京都は、あっち向いて、こっち向いてしてるといろんなものが無くなってたり、あるいは増えていたりもするから、ぼんやりしてると訳がわからなくなってしまう。


 

 さて。今日一番のお目当てはこちら「河井寛次郎記念館」。

 東山五条から南西へちょっと入った所にある、木工家・黒田辰秋による彫りと、棟方志功の筆による表札が目印の、表は京都らしい狭い一方通行の町家通りに調和した造りの建物だ。

 大正から昭和の時代に活躍した陶芸作家・河井寛次郎の元自宅兼工房で、 昭和12年に、寛次郎自らが設計を手がけ、自身の故郷である島根県・安来からお兄さんを棟梁とする大工たちを迎えて建てられたもの。

 外側の京町家風から一歩中に入ると、どっしりとした梁や柱は京都の華奢なそれとは異なる、日本各地、あるいはアジア全体に見るような古民家のエッセンスが含まれていて、中庭からの明かり取りの窓もふんだんにあって風の通りも良く、時間による陰影の移り変わりがとても美しく、そして心地よい。


 河井寛次郎の作品自体は、これまでいくつかの展覧会などで見たことがあったが、実は長年、ここ自体に来るのには個人的に、馬鹿みたいだけどとても勇気が要った。何故ならきっと素晴らしいに違いなくて、あんまり素晴らしいと、そこからもう自分自身、元に戻れないというか、普段の生活環境やら何やらが、この日を境にまるっきりイヤになってしまうんじゃないかとか。。。上手く言い当てられないけど、何せ、作品の秘めたる核心のようなものに触れるようで、怖かったのが正直な所だった。

 では何故このタイミングかと言えば、おおよそ、近年になって爆発的な個人内ブームとか、流行り物を追うのもひと段落過ぎて、だんだんと、本当に自分が、多分普遍的に好きだと思えるものやコトが、なんとなく、だいぶんとわかってきたからだ、と思う。

 居間の古時計がカチコチ音を立てて、畳の間ではこちらの名物猫「えき」ちゃんが体の向きを時々変えて、満遍なく日差しを浴びて寝ている。

 なんてことだろう。どこか、よそよそしくうやうやと、作品や空間をただ眺めるだけかと思いきや、記念館というよりは、河井寛次郎さん家にお邪魔した、という感覚。

 作品に混じって、収集された工芸品、生活雑貨が使われるように置かれていて、あっちの椅子、こっちの椅子と腰掛けては、場を感じたり窓の外を眺めたりして時間を過ごす。

 「好きなものの中には必ず私はいる」。ただ、好きなものをじゃんじゃん集める人じゃない。日常の中の「用の美」を見出し、何より一番にはご本人自体が作り手である河井寛次郎の言葉にある通り、建物、作品、収集したもの。。。この場所全体にして、今は亡き人のフィロソフィーを存分に感じられる場所なんだと分かった。

 おい、えきちゃん。ここがお家なんて幸せな猫ちゃんやねと声をかけたら、おツレは「どこで爪とぎするんやろか」と言うから、「そんなストレス、こんなお家に居てある訳ないやん」と返しておいた。

 河井寛次郎の作品だけを知っていた頃には、勝手に人物像を想像してたものだ。きっと大柄で、豪快だけど気難しいそうで。。。とか。ところが肖像写真を見ると、とても華奢で、優しく穏やかな表情なのに驚いた。改めてこの場所に来ると、会った事もなければ、それは永遠に叶わないけど、だんだん分かってきたように思う。
 自宅兼工房という事で、今は時間も止まったままの登り窯まである。いずれも聖域のようで、でもそれは多分、生前からこういう空気感は漂っていたんだろうなとも思う。

 

 「暮らしが仕事 仕事が暮らし」。生前、遺された言葉だそうだ。

 きっと祈るように、ものをつくられていたんだろうな。と。
 そういう姿勢で、私は何かに取り組んだことが今まで何度あるだろうと振り返った。


 記念館を出て、七条京阪近くの喫茶店に寄り道した。

 まっすぐ家に帰れそうになさそうだ。お会計の時に昭和なレジスターを見かけて、ちょっと中和されたような心地になってホッとした。背面はパタパタ表記で金額が出るのも可愛い。お店の若い女の子を捕まえて「これ良いね!」て言ったら、すごく嬉しそうに「私もそう思います」って返ってきた。

 さて。家に着いてまず夢中になってやったことと言えば、要らないものを今一度精査すること。生活の中ではプラスチック製品をかなり減らしたりしてきたが、そう好きでもなかったのになんとなく便利かも、という理由で買ってしまっていたものの多さに今更辟易とした。連休が終わったらどっさり車に積んで、クリーンセンターに持ち込みしよう。もうこれ以上、ゴミは出さないよう、要らぬものは買わないよう、心に誓ってみる。

 

 しかしここからが困ったもので、道具、と言う観点から見れば、我が生業にとって必須の撮影用小道具や備品というのは、見た目も触れるものとしても、自分の本当に好きなものなんて相当無い。言ってしまえばカメラ類だって、自分の場合はそもそもでカメラオタク出じゃないから、本当は極めてシンプルな数で良い(多分、世間のカメラマンよりは比較したら私は相当、機材持ちじゃ無いけれど)。更に正直に、道具自体を取り上げて好きか嫌いかを言えば、アナログカメラ時代でもう、自分の場合はカメラの好き嫌いは止まってしまった。

 まあ、いつか引退したら、それと同時に一切合財を手放すのも気持ち良いだろう。生きてるうちに、それが円満にやれるなら本望だ。

 今は帳尻合わせじゃ無いけど、仕事も生活も日常も、嫌いか好きかを問うだけでは難しいコトやモノが多い。便利かつ好きなものというのはそう多くある訳でなく、好きだけど今や不便なもの、そんな好きじゃ無いけど便利なものに囲まれて、我々は暮らしている。まあともあれ身の丈で、否定から入らず、対象の良いとこ探しを諦めないよう。そう、心を保っていたい。

 生活環境や道具だけの話をすれば矛盾ばかりになるが、仕事に関して言えばまだまだ、目に触れるものへの好奇心や好きと言う感情だけは止みそうにない。これは良かった。

 

 と、言う訳で、今回学んだことは、観念に重きを置こう、と言うことだ。

 極端では無く、少しづつ、寄せていくことから始めるとして。