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木地師の里を訪ねて。


滋賀県は奥永源寺と呼ばれる山里に、ろくろ技術を用いて木工製品を作る、「木地師」と呼ばれる職人さんの聖地があるのをご存知でしょうか?この度はこちら、通称「ろくろ木地発祥地」と呼ばれる、山深い静かなる里を訪ねてみました。
歴史上数多くの伝説を残す、こちら滋賀県は東近江市、奥永源寺と呼ばれるエリア。ろくろの技術を用い、例えば漆器等の木地を制作する、木地師と呼ばれる職人さんの故郷と言うべき所が、こちらにあります。
滋賀県内で屈指の紅葉名所、永源寺。そこから更に山奥へと進むとこちら永源寺ダムが見えます。水涸れする度、ダムで沈んでしまった集落の遺構や段々畑のあとが浮かび上がってきます。恐らく、この写真の右手に見えるのも、その集落のあとと思われます。冬の最中。霧で霞んだ更に山奥に、「木地師の里」があります。
山手の、ちょっと心細くなりそうな道を進むと、集落がぽつぽつと見えて来ます。
その昔、「宇治は茶所、茶は政所」と呼ばれた政所と呼ばれる集落に始まるエリアです。往時には政所はまさしく、日吉大社の政所(家政を司る所)であった所です。そこから、蛭谷・君が畑・黄和田・九居瀬・箕川と呼ばれる集落をあわせて六ヶ畑と総称される集落が、木地師の伝承を数多く残すエリアです。
漆器に欠く事の出来ない白木の器。これをろくろ技術によって作るのが「木地師」と呼ばれる職人。その昔、木地師たちは人里離れた山中で木を切り出しては、ろくろを挽いて木地を作り、やがて木が無くなると次の山へと移り住む・・・という流浪の民のような生活を送っていたのだそうです。
こちらのエリアでも、特化して通称「小椋谷」と呼ばれる、蛭谷・君ヶ畑の集落には、更に注目すべき木地師との強い関係の歴史を紐解く、伝説が数多く残されています。
先にも記述した通り、全国の良材を求めて山から山へと流浪した木地師たち。が、その昔には国と国の境には関があり、またいずれの氏子にも属せない彼らの生活は困難を極めました。そこで、こちらの小椋谷において、蛭谷には筒井公文所、そして君ヶ畑には高松御所にて、通行の自由や諸役免除といった木地師の特権を保護するべく、御墨付きと称する「御綸旨」や免許状の写しを発行しました。また、いずれの氏子にも属せない木地師たちの身元を保証し、職業の発展に尽くしました。
そしてそれらの見返りとして、全国にちらばる木地師をその支配下に置き、「氏子狩」と称して上納金を集めました。記録によると、そのシステムは江戸時代初期から明治時代初期まで続いたとされます。
このようなシステムにより、江戸時代には「全国の山を自由に入っても良い」という免状を持っていた木地師たち。全国各地の山の8合目までは自由に入り、良材を伐採しても良かったのだそうです。

ここで、この地ゆかりの「惟喬親王」について簡単に記述しましょう。
こちらのエリアには、惟喬親王についての数多くの伝説が残されています。
平安時代初期。藤原氏による摂関政治が行われていた時代、文徳天皇の第一皇子であった惟喬親王は、第4皇子であった惟仁親王との勢力争いから都を逃れ、大原・堅田・朽木・福井・岐阜等を転々としたのち、こちら蛭谷にて幽棲されました。その日々の中で、こちらのエリアの良質な木々に着目され、ろくろ技術を用いた木地づくりに着手されたのです。その技術はやがて全国に広まり、こちらのエリアがろくろ木地発祥の地として名を馳せる事となりました。
ちなみに、全国に広がる現代の木地師の多くは、「小椋」または「大蔵」を姓と名乗る方が多いのですが、少なくとも「小椋』姓を名乗る方々は、間違いなく、こちら蛭谷にルーツを持つとされます。
江戸時代には商圏を関東やその他の地域まで拡大したとされる、日野商人(近江商人)。この、日野商人が初期に扱った商品は木地の器であり、それらは「日野椀」とよばれ、全国的にも大変人気が高かったのだそうです。
木地師を束ねた氏子狩の制度は、近江商人の発展とも連動していた、と言っても過言では無いでしょう。
明治になると、地租改正事業によって、山の所有者の許可が無いと自由に木を伐採することが出来なくなり、この氏子狩のシステムも、また木地師の流浪の旅も、終焉を迎えたとされます。
しかし、そんな伝承を数多く残すこちらには、今も、活動の拠点として集う職人さんを始め、ろくろを中心とした木工関係の職業の方々が、「物づくりの神様」として崇め、訪れるとのことです。


谷口菜穂子写真事務所
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