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フリーランスの0泊1日慰安旅行。

 前々から実際に見てみたかった、滋賀県彦根にある五百羅漢がある天寧寺。せっかく彦根まで行くんだからと、大好きな湖岸道路を北上しつつ、近江八幡大中町の産直「愛菜館」に立寄り、「千成亭」で近江牛のランチコースを食べて、いざ天寧寺へ。
 井伊直弼の父である直中が、過失によって手打ちにした腰元と初孫の菩提を弔うために建立したのがこのお寺。   1819年の春の事。男子禁制の槻御殿で大椿事が持ち上がった。奥勤めの腰元・若竹が子供を宿したが、相手の名前を口を固くして明かさない。遂にはお家の法度という掟を理由にお手打ちに。けれど後になって若竹の相手が直中の長男、直清であった事が明らかとなり、我が初孫を葬った事に心痛め、京都の大仏師・駒井朝運に命じて五百羅漢を彫らせて安置した。
 仏殿に入ると正面にはお釈迦さまと十大弟子。その周りをコの字にびっしりと五百羅漢が並んでいる。「亡き親・子供に会いたくば五百羅漢の堂に籠れ」という伝承がある程、顔立ちも表情も姿も、全て異なる羅漢さま。圧倒される空間には西日が時々さして、陰影いっそう豊かに表情が変わり、背光の金箔は鈍く輝く。様子を伝えるには写真より映像の方が優れているかもしれないけれど、実際にこの空間全てを体感しないと何事も分からないと思った。しばらく堂に居て、椅子に腰掛けたりまた近寄ったりすれど他に人は無し。こういう所も滋賀の魅力と言えば大きな魅力。
 が、よくよく羅漢さまを見入ってみたが、残念な事に今回、亡き親は見つからなかった。
 その後、桜田門外で暗殺された井伊直弼公の遺品類が埋められている供養塔に手を合わせ、木造では日本一と言われる布袋様をぺたぺた触って開運祈願をし、坊守さんに無粋な質問をした。
 「羅漢堂で説法とか、されたりするんですか?」。
 すると坊守さんはにっこり笑って「下手な説法するより何倍も、何百倍も、羅漢さまのそれぞれの姿で伝わる事があると思うんです。羅漢さまは言わば、私たち人間と、仏様の中間におられる方です。だから親しみがあるし、何か失敗をしても、人間だから間違いはあるよって、許して下さる。何か悩みのある人は、またお堂にいらっしゃいとお参りの方に言っていますよ」と。
 らかん石庭からは彦根城と城下町を眼下に一望出来た。もう10年程前に散々撮影しに来ていたコンクリート採石場廃墟で、今は解体されてショッピングモールと住宅地になった所も、ここからだと全てお見通しだったんだと今更知った。ああ。まだあの写真群で写真展していない。

 帰りに守山の「ほたる湯」に入ってほっこりし、夜は堅田にある蕎麦とうどんの「幸湖路」へ。かつて10年程暮らした小野の隣で、ここは亡き親が気に入ってよく一人で蕎麦を食べていたお店。生前一緒に来たのはたった1度きりだったけれど、その後時々(残念ながら蕎麦アレルギーなので)うどんを食べに寄る。
 薄暗い昭和の蕎麦屋の、民芸椅子の何処に親は座っていたのかな、と思い描きながら、客は我々だけで、ずるずると麺をすすり、薫り味共に素晴らしい出汁をすする。そしたらもう、今は逢えない人に、逢えたようなあたたかい気持ちになった。
 ・・・と。年末の豊かな1日慰安旅行が終わった。

谷口菜穂子写真事務所
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