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身近に感じていたい、九州。


 三月初め。
 関西では梅が咲いたと言い出した頃。出張で熊本の人吉へ。
 旅程を調べると行き先は熊本とは言え、鹿児島空港から入ってレンタカーで現地に向かう方が良さそうとの事で、せっかくなのでコロナ後初めて、空港から近くの父親の故郷へ立ち寄り、まずはお墓参りに向かう。
 この辺り、まるで水墨画に描かれるようなギザギザした山が特徴で、かつて父親はそれを指して「山が出来たのが随分古いから」と言っていたのを毎度思い出す。その山肌にはポツポツと山桜が咲き誇って春を告げていた。3月に鹿児島に入るのは初めてかもしれない。南の国の春を眺める心地よさよ。
 叔父さんの住む家の下の神社でお札を貰って、家の裏山の谷口さんばかりが眠るお墓に向かって、買ってきた花を挿しているとおじさんがまるで、昨日一昨日にも会ったかのように驚きもせず「おう」とやって来た。墓への道を登って今まで、ずっと叔父さんのワンコが鳴いて山に響き渡っていた。
 最近リタイヤした叔父さんは、すぐそばにある、跡継ぎがおらずに廃屋になったままの大叔父さんの家を自らの手で解体しているのだと言う。私が小さい頃、父親に連れられて訪れた大叔父さんのお家は確か茅葺だった。囲炉裏があって、薄暗くて、鹿児島弁で何喋ってるか分からない延々と続く酒宴があって、私はとても怖くてカーテンに隠れてた家だ。そして住む人も亡くなって、何十年と放置されていた。

 解体屋に一気に壊されるより、身内によって丁寧に壊されるのはせめても喜んでおられるだろう。叔父さんは使える木材、立派な梁などきちんと分けておられた。記念に一本でも持って帰りたかったけどまあ無理か。。。

 ふと、敷地の入り口に植えられて「伸び過ぎたから」とちょんぎられてなかなかシュールな姿になってたソテツのてっぺんにちょこんと、写真の香炉が乗っけられていた。

「解体してたら出て来たんよ」と叔父さん。持って帰っても良い?と聞くとあっさり「良いよ」と言ってくれた。
 まるで記憶に無い大叔父さんだけどこれも形見。田舎の貧乏百姓の家に香炉だなんて、もしかして粋な人だったのかなあと想像してみる。蓋の上の獅子がなんとも愛嬌のある顔だ。そしてこんなにも小さな存在だけど、家の本棚に飾ってみたらなんともエネルギーがあって、周りに置いてあったつまらない工業製品が釣り合わなくて全部捨てたくなる。不思議。大事にしよう。


 さて。
 前日の晴れから打って変わって雨模様の取材。
 仕事も終わって、飛行機の時間まで2時間程あったので、人吉市を散策。
 2020年7月の大水害から数ヶ月後、八代から人吉と仕事で訪れて以来だ。

 人吉城跡地のすぐそばに建てられた仮設住宅はまだそのまま残っていたり、球磨川近くの土砂を取り除く作業もまだ続いているようだった。

 あまり関西では知られていないけれど、人吉は温泉地でもある。であるから、泊まったビジネスホテルのお風呂も天然温泉でとても良い湯。知り合いの熊本出身の営業さんが「何か恋しいって、地元の温泉が何より恋しい」と言ってたのを思い出す。
 国宝・青井阿蘇神社があったり、城下町ならではの街並みもちょこちょこ残っていたり、味噌蔵見学という名のオープンな味噌・醤油蔵があったりと、なかなか興味深い。これから、人も戻って活性化され、元気を取り戻されればなと祈る。

 ともあれ。DNAの半分は九州の私にとって、こちらの水、酒、食べ物とその味付けはどうやら馴染みが良いのだ。熊本の郷土料理のお店も米焼酎も、めちゃくちゃ美味しかった。 

 また、是非とも来たい。何度でも。

 


谷口菜穂子写真事務所
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