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花の色は移りにけりな随心院


 

 家の玄関前の椿が、過去5年間で最高に花をつけている。

 どうやら紅白の椿を接ぎ木したようで、一本から赤いの、白いの、混じったのと、次々こんもり咲いて、花の形のままぽとぽと地面に落ちる。塀から外はアスファルトなので土に還ることも無いから、箒とちりとりでかき集めては、内側の木の根元に撒いている。やがては肥やしになろうかな。これが毎日の日課。

 そんな掃き掃除をしてる間は静まっているが、これもここ数年のこの時期、同じく玄関脇の金木犀の茂みに、何の鳥か、姿は見せないけど一世帯じゃ無い、きっと何世帯かが巣作りをしていて、家の中に戻ってすぐ側の書斎に居ると、チッチチッチと朝昼賑やかに鳴いている。

 うちの猫のまりこは何せ動体への関心が高く、とりわけ庭に飛んでくる野鳥を見かけては「あ、ああああ、あああ」と窓の外に向かって可笑しな鳴き声を出すのだが、どうやら今年はもう、金木犀アパートの住民には慣れたのか。いや飽きたのか諦めたのか。

 

 我々人間の営みと、その中で生じる不安というのは、どうやら気候の変動とのタイムラグが少々、あるらしい。

 ヤイヤイと叫んだり、嘆いたり不安に陥ってたりしてる間にも時は流れていて、つまり暖かかったか寒かったか、雨が多かったか少なかったかで誤差はあれど、美しく、愛おしい春はありがたくもおおよそやって来る。
 私たちは中心じゃあないんだ。威張って悪戯は出来ても。そう思う。

 

 そんな春のおすそ分けを愛でに、京都は山科にある随心院へ。

 

 正暦2年(991年)創建の随心院のある界隈は、かつて小野郷と呼ばれ、文字通り小野氏が栄えた地域。平安時代の絶世の美女にして歌人である小野小町が、宮仕えを辞めてのち、余生をこの地で過ごしたとされている。

 「深草少将の百夜通い」は恐らく、小野小町と言えば、誰もが知る伝説として有名だろう。「百日間毎日通い続けたらその思いを受け入れましょう」との小町の言葉を胸に、恋い焦がれた深草少将は来る日も来る日も欠かさず通いつめ、ついに百日目を迎えた時、願い叶わず大雪のために凍死した、という話だ。その、舞台となったのがこちらの随心院である。

 深草から小野までの道のりは車だと半時間もかからず、更に今ならトンネルをくぐって一瞬だが、人の足なら稲荷山を越えての結構な道のり。 今日の私とほぼ同じ出発点であるが、勿論、ここまで私は車で訪れている。

 

 名高い境内梅園の「はねず梅」はまだ、遅咲きらしくて蕾の様子も多かった。咲き出した花々を、せっせと蜜蜂が働いて足に蜜を集めていた。

 

 一回りしたのち、ちょうど本堂の裏側にあたる林の中でひっそりと佇む「小町文塚」に向かう。

 立て札には、小野小町宛に深草少将をはじめ、方々から寄せられた恋文などをこちらに供養した事、そしてその昔は頂いた恋文は書かれた人の思いが強い故、粗略な扱いをすると相手に恨まれたり祟られたりするのではと考え、受け取った側は大切に扱ったとの事、それが現代に至るまで、人から頂いた手紙を読んですぐさま捨てる人は無いでしょう事が、日常の意識として、今昔に繋がっていますよね、とした趣旨に括られて、立て札に書かれていた。

 なるほど。確かにそう。

 

 恋文の塚を建てられる、なんてよもや無いが、少なくとも10代の頃から、友達や家族などから貰った手紙は捨てられないまま、ダンボールの中に大量にとってあるのを思い返す。

 あの手紙たち、自分が死んだ時は棺桶に一緒に詰めてもらうしかないな。いや、そしたらよく燃えて一緒に灰になるからそれも良いだろう。とにかく今からちゃんと、人に頼んでおかなくてはいけない。あ。デジタル時代以降のはめっきり実体が減って、時と共に消去されていった電子な手紙も多いっけ。

 なるだけ自然に近い環境側に身を寄せれば寄せるほど、自分の中の死生観みたいなものが整って、正直気持ちが楽になる。一方であんまりにも人の世が進んでしまった中に始終身を置いていると、あるいはそれらの便利さに慣れきってしまって、生きていることとその後のこと、その差異の見えづらさにふと、立ち止まった時たまらなく不安になるのは、果たして自分だけだろうか。

 

 そんな事をタラタラ思っていたら、誰も居ない随心院裏手のサンクチュアリで、勢いよく鶯が鳴いた。

 「ホー。ほけきょけきょ」。

 1音多いよ。空を覆う背の高い木々に向かって、私は笑った。



谷口菜穂子写真事務所
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