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身の丈パラダイス 。石川県宝達志水町。


 

 今年の春ほど、追いつけない気持ちにさせるのは個人的には無かったように思う。
 追いつけないどころか、普段から花粉症と言えば呼吸器系をやられるけれど、その勢いにやられて数十年ぶり、常備薬の制御力を越えた長年の持病である喘息発作に見舞われて、仕事現場に着いても治らなくて、しばらく機材すら運べず難儀した。なんとか必死で撮影は終えたもののめちゃくちゃ情けない気持ちだった。仕事が終わって車のシートで呼吸が整うのを待っていたら、その心地は小学校低学年の頃、学校で発作が始まる度に家へ帰される訳だけど、共働きの両親が迎えに来る訳もなく、通学路を何度も座り込みながらやっとこ帰路に着く苦い思い出が蘇った。

 あああなんてこった。強くなりたかったのになあ。

 意気消沈しつつ、翌日近くの病院へ行った。時々診察で出会す女医さんだった。多分、どう若く見ても65歳以上、感覚的には70歳は超えておられると思う。小柄で、華奢な方だけど話っぷりの切れ味が良く、好きな先生だ。

 「もうちょっと早く、仕事の前に病院に来るべきでした。判断ミスでした」と言うと、「仕事、仕事て、こんな状態で仕事にこられても周りが迷惑や。喘息を舐めたらあかんよ!」「まだ若いのにこんな酸素飽和度お話にならん」とピシャリ。ほんまにその通り。
 「子供の頃にかかったお医者さんが『喘息は気の病ですから親御さんはどうぞ、構わんといて下さい。甘えてこうなるんです』て言うたんですよ。母親は、精神論とか根性論とか躾セオリーの信者みたいな人だったから、その方針と先生の言葉がぴったりハマってしまって。以降、喘息発作になっても放置プレイ。私もそれが長年の癖というかで、どのタイミングで病院に行くべきか、行ったら負けや?みたいなのが抜けなくて」と言い訳に食い下がってみると、「昔は一定数、そういう考えの滅茶苦茶な医者が居たのよ!ひどい話や。そうやって小児喘息から治療もしてないから大人になっても喘息をひきづったままの人が結構居るんよ」と憤られた。

 点滴を打ってもらってる間、看護師さんに「あの先生カッコいいよね。お幾つなんだろう。あの世代で女性のお医者さんって、珍しいですよね」と聞くと「私らも恐くて年齢よお聞けないですけど(笑)。先生がお医者さんになられた頃は、女性用更衣室すら無かったと言われてましたよ」とのこと。ほんまカッコいいよね。これまで相当戦ってこられたんでしょうね。とか、喋り合う。
 


 

 それからこの週末。まだ花粉症でグズグズが残っているものの、処方された薬で完全にコントロール出来るようになって、花粉炸裂、観光客炸裂、車そこらじゅう大渋滞、桜そこらじゅう満開の京都を背にして、山よりも海辺の方が気分的にも体的にも相性の良い気がする、数年後に移住予定の石川県能登方面まで車で走った。
 昨年秋に購入した家の庭は、これまで長年住まわれていた方が育てられていたんだろう、草木が芽吹き、そして色んな春の花たちが晴天の下で咲き誇っていた。花はすごいね。誰に見られずとも美しく咲いているんだとつくづく思う。
 秋冬になると身を潜める花たちが、春になるとどこから咲くのか、とりあえずは写真にしてよく記憶しておこうと思う。そしてそれらを記憶して、それらが決して痛まないように、毎年咲いてくれるように、今京都で育てている植物たちとも共存させつつ、庭をちょっとづつ手入れしたい。
 

 とまあ、そんなふうに、強く生きるべく頑張りたくも思いつつ、ゆるりのんびりマイペースに無理せず生きたいとも思ったりする、揺れ揺れの春。


 

 冬に凍結して破損したままの水道管をお隣さんに教えていただいた業者さんに丁寧に直していただいたり、家の中のリノベを牛歩で少しづつ手をつけたりしつつ。

 集落から車で数分ほど。関西から北にあると言え、ほぼほぼ同時に桜の満開時期を迎えた、(大阪のオムライスの名店)「北極星」創業者がかつて故郷貢献のため創建した桜の名所、「やわらぎの郷」へと向かってみた。
 まずは田中一村に描かせた地域の野草の天井画を拝んでのち、散歩。

 地域の人たちがゆるりとゴザを敷いて、お花見されていたりするが、屋台も何も無く、のどかで気持ち良い。 
 こんな春の日だったら、自分にも自然に追いつけるんだと心が軽くなった。


 

 さて今回は、日中と、それから夕焼けタイミングと、このエリアで最も、お気に入りの場所である「なぎさドライブウェイ」へ向かった。
 ここがあるから移住したいと決めた場所である。

 訪れると、たったの数分で気持ちが切り替わって、なんか、クヨクヨウジウジしてた気持ちなんて、どうでも良いよなあ、海がこんなに綺麗なんだから、と、毎回しみじみ思う。で、ここから離れるとしばらくしてまた気持ちが薄らいで、リセットしに来たくなる。だからこれからもずっと、お世話になるんだろう。

 しかしまあ、世の中の男子たちあるあるで、歴代彼女を連れるデートスポットはだいたい同じ場所パターンの心理に等しく、歴代の車を連れて、走って、止めて、写真撮って、惚れ惚れする不思議。笑。
 見慣れたはずものが、また改めて美しく思える場所。

 

 私にとっては、身の丈で、見失わないよう、常にいい感じに高揚しながら生きられる、パラダイスになりうる場所だろうなあって、そう思う。

 


谷口菜穂子写真事務所
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