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1時間半だけ京大生②京大変人講座へ。

京都大学にゆかりのある「変人」な先生を迎え、越前屋俵太がナビゲートする公開講座「京大変人講座」に行ってきました(個人的には2回目。講座自体は2017年から数えて40回以上)。

今回のお題は「プラスチックは悪者か?!~サーキュラーマテリアル:循環型材料の可能性」。ゲスト講師にはグリーンケミストリーとサーキュラーエコノミーの専門家・齋藤敬さん(京都大学大学院総合生存学館教授)。大きな会場は今回もほぼ満席。

 「プラスチック」と一言で片付けるには様々な種類がある事。そして、このプラスチック問題=今言われる環境問題の一要因について、原料供与元の利権や、他と比較して安価で汎用性の側面から手放せない素材である、という事を一旦外してみても、分解にかかる悪イメージが先行している観のプラスチック問題は、ただただ白黒論では語れないんだな、、、という事をまずは理解しました。

 

 つまり、プラスチックそのものにも環境問題を解決する歯車に今や一役があり、かつその素材自体の最大の魅力である「軽さ」「しなやかさ」「柔軟性と汎用性の高さ」はやはり無視出来ない事。最も代表的な例で言えば、仮にプラスチックを止めて代替えに金属や木材などに移行したとて(例えば車を全て金属や木材に代替えして製造するなど)、特に重量の問題で確実にロジスティックのコストが掛かる、という、化学者が長年に渡り練りに練って開発した様々なプラスチックは、もはや我々人間に欠かせない存在として浸透しているのだというのです。

 

 では、これらの前提で今後どうするのか、あるいはプラスチックを巡り社会はどう変わっていくのか(べきなのか)、そのベターな可能性についても論じられました。

 

 まずは、「モノを使い捨てしない社会」→プラスチックの長寿命化。

 

「一次プラスチック(バージン樹脂)」の生産抑制→循環型経済に適した素材精度を上げ、自己修復型プラスチックの開発などにより修理や再生産など、廃棄物減少を目指す。

 

「オンデマンド生産」→企業側もニーズが見渡せないが故の余剰在庫やそれらの大量廃棄を無くすべく、必要なモノだけを作り、社会全体としたサブスク化(リユース、リペア、シェアリング)の構築。

 

と言った課題解決に向けた様々な取り組みが示されました。

 

 これら論じられた中で面白かったのは、日本の場合、ゴミは「焼却する文化」で、一方の海外では主に「埋め立て文化」であるという事。様々なプラスチック製品には様々な種類が混ざっていて再利用をする際に性能が下がってしまう事。これについて、特に日本の場合、包装資材などの(利便性においた)開発精度が極めて優秀であるが故に更に複雑巧妙なプラスチックが組み込まれている事。よってそれらをジャンル毎に仕分けするのは至難である事。総じて、国内ではリサイクル率約80%を達成している内訳には、マテリアルリサイクル(単純に溶かして別再利用)17%、ケミカルリサイクル(もう一度再建)6%、サーマルリサイクル(熱エネルギーとして別転換)60%。。。

 つまり、現状では圧倒的に燃料として利用しており、これが先進諸外国的には「それをリサイクルにカウントするか」と叱咤され、燃料資源の無い日本側的に言えば、石油由来の燃料として「活用しているんだ」とも言えるのです。

 

 という事で。

 

 ここまで長文になっていますが、あっという間の面白すぎる1時間半。最後は、時間も押したので質疑応答3名が挙手しましたが、これもまためちゃくちゃ面白かった。

 

 名古屋から来られた製造業社長曰く「消費者側の心理を変えていくことも大切だが、何より、これらプラスチック製品を創出した企業側の心理も変えていくシステムが必要。単純に、作った側の元に直接、排出した製品が回収されていくシステムが作られたらいい。私は、正直自社で作ったモノが廃棄されるタイミングで、直接ウチに返して欲しい。それによって、材料コストも大きく削減出来るから」。

 

 次に、この春で高校生になる中学3年男子曰く「世の中の製品全てをサブスクに、という理想論を語っておられましたが(ここで場内どよめきと笑い)、確かに音楽とか、生活自体に直接影響を与えないものがサブスク化されるのは良いと思いますが、生活必需品の全てもがサブスク化されると、僕ら側はずっと日常生活が課金性になりますよね。僕は大阪人でお金にシビアなんで、ずっとお金を払い続けるというのには抵抗があります」。大盛り上がりの会場に対し、先生のちょっと押され気味解答は「そうなんですよ、このサブスクというシステムは、企業側的には社会に浸透したら実は確実に儲かるんですよね。それに企業側がまだ気付いていないというか笑」。続いて中学生はこれまた応戦で「あと、さっきのリサイクル率約80%と言われましたが、それは製造排出された内の80%という数字なのかどうなのか。例えば海洋ゴミとかはどれだけの量があると把握されて、その他枠に含まれてるんですか?」。先生「そこなんですよね、実は、この数字は廃棄として集まったプラスチックゴミの行方の内訳であって、全体生産量からの内訳では無いんです。例えば海洋ゴミ自体、浮遊してるものの総量はある程度把握出来るんですが、海底にあるものは果たしてどれだけの量が実際にあるか分かって無いのが実情です」。ここで、この中学生の鋭い指摘によって、おおーと会場どよめき。

 

 最後に、京大の院生曰く「この変人講座の運営にあたり、司会(越前屋俵太)の方と先生で、どれだけ事前打ち合わせされるんですか?」。これは確かに、絶妙の合いの手と、我々の「分からん?」の疑問を専門用語が飛び出すたびに打ってくれる登壇者同士の対話はエンタメ領域まで昇華してる、と言っても過言ではないのでみんな前のめり。俵太さん曰く「何日もかけて、、、と言いたい所なんですが、実は1ヶ月前にzoomで1時間くらい。あとはさっき、裏でちょこっと打ち合わせしただけ。僕もその、綿密な打ち合わせというより、素直な質問というか、そういうライブ感を大事にしてて」との事。そして「よく言われるんですけど、これ、今時のyoutubeとかで公開せんの?とか(そう言えば今時のオンライン可能講座でも無い)。でも、この講座は生でこうしてこの場に集まる事にも、とても意味があると思ってるんです(だから配信はしていない)」と。

 

 最後はもう、大拍手です。一般的な大学の(有りがちなお堅いイメージ)講座が演芸にも昇華してるって、結果回り回って京大らしい、変人の集まりという場をしっかり体現してるんですよね。

 

 帰り道。前回も一緒に講座を受けた仕事仲間と居酒屋に向かう道中、「一体、私らこの50年以上、何してきたんかなあって思うなあ(苦笑)」「ほんまはもっと色々勉強したりして、色んな人生の可能性があったんやろなあ」と黄昏れ。道中、話しながら褒めちぎってた例の(将来の夢は学者らしい)中学生に出くわし、「これから色んな可能性だらけやね。頑張って、いつか学者になってな!」と託すのが精一杯。

 

 どんな世の中になっても偏りに紛れず批判的精神を健全に保ち、色んな人の意見を聞く機会、それに対して疑問が投げられる事って、やっぱり大事。

 やり残しだらけの人生を大慌てでリセットと軌道修正する為にも、変人講座、今後もまた必ず受講するぞ!と思いながら、ハイボールと串カツ食べて家に帰りました。

 

◉京大変人講座リンク

https://www.kyodai-original.co.jp/henjin/